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「朝と夕」書評 生の一日と死の一日で語る人生

評者: 山内マリコ / 朝⽇新聞掲載:2024年10月12日
朝と夕 著者:ヨン・フォッセ 出版社:国書刊行会 ジャンル:文学・評論

ISBN: 9784336076441
発売⽇: 2024/08/26
サイズ: 1.8×18.8cm/152p

「朝と夕」 [著]ヨン・フォッセ

 十月はノーベル賞の季節。昨年、文学賞を受賞したのは、ノルウェーのヨン・フォッセだった。
 この名前にピンときた人は相当な演劇ファンに違いない。小説家としてデビュー後、戯曲を書いて飛躍。劇作家としての評価が高く、日本でもすでに何作か上演されていた。受賞のおかげで今年は翻訳出版が相次ぎ、現在四冊が刊行、日本語で読むことができる。
 文末にピリオドを打たず「、」と改行のみで滔々(とうとう)と書き上げるスタイル。というと上級者向けの作家なのかと身構えてしまうが、本作は意外なほどとっつきやすく、さらりと読める短い小説である。しかし描かれているものは深遠だ。
 第一部は主人公が母の胎内から生まれ落ちた、まさにその瞬間を切り取る。父親が見守る中、産婆がとりあげたかわいい坊やは、ヨハネスと名付けられる。
 「その名前ならきっといい人生を送るだろう」
 漁師として働き、愛する妻アーナと、貧しくも七人の子を育て上げた人生のドラマは、大胆にも端折られる。そして第二部は、ヨハネスの人生が幕を下ろした一日を丹念に追う。朝と夕。はじまりとおわり。誕生と死。生の両端にある一日だけを抽出する、極めてミニマムな語り方だ。
 その日ヨハネスは朝からどうも、いつもと違う気がしてならない。起き抜けの体は若い頃のように軽く、コーヒーと煙草(たばこ)も欲しない。寒くない。なにも感じない。けれど目に映る何気ないものたちが光を放って見える。近くに住む友人と釣りに行く。そういえばこの男はもう死んだはずだが。
 小さな違和感が積み重なり、時系列の乱れた出来事は奇妙に反復をはじめる。シュールな展開なのに、感じるのは優しさだ。ヨハネスを少しずつ少しずつ、静やかに、あちら側へと連れて行く。
 フォッセは使用人口の少ない、ニーノシュクという言語で書く。ノルウェー人の受賞は、九十五年ぶりだったそうだ。
    ◇
Jon Fosse 1959年ノルウェー生まれ。邦訳に『だれか、来る』『三部作 トリロギーエン』など。