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自己啓発思想の変化を論じる「人生は心の持ち方で変えられる?」 杉田俊介の新書速報

  1. 『人生は心の持ち方で変えられる? 〈自己啓発文化〉の深層を解く』 真鍋厚著 光文社新書 1100円
  2. 『エスノグラフィ入門』 石岡丈昇著 ちくま新書 1056円

 (1)は日本の近現代を支えてきた自己啓発思想の歴史と変化を論じる。本書は「足し算型」の自己啓発(自助努力を積み重ねて金や地位を目指す上昇型)と「引き算型」の自己啓発(がんばらず競争せず、金や物に捉〈とら〉われず、脱力して快適な生活をめざす幸福志向型)を区別する。たとえば若者に絶大な人気を誇るひろゆきの思想は典型的な引き算型自己啓発だという。これは世界的潮流でもあり、近年アメリカでは「静かな退職」が、中国では「寝そべり族」が社会現象になった。その背景には「低成長時代に対する自己防衛」という側面があるという。ただし自己啓発は時に、自己責任論の呪縛にもなる。著者は現代的な自己啓発には同時に、相互扶助的なコミュニティや互恵的ネットワークの構築が必要であると慎重に警告する。

 (2)は近年注目が集まるエスノグラフィの入門書。特定のフィールドに分け入り、長期的に過ごしながら、人々の生活を記述していく研究方法である。人類学や社会学の成果を継承しながら発展してきた。著者はマニラのボクシングジムで練習に参加しながら、スラム生活や貧困の研究をしてきたという。暴露記事や潜入ルポではない。当たり前で自明に思える「生活」を捉え直すこと――重要なのはそれが自己変革を目指しながらマクロな構造や制度を見据えていく科学的方法であることだ。日常が不安定で不透明になっていく今、生活そのものの複雑さと豊かさを再認識させてくれる一冊。=朝日新聞2024年10月12日掲載