- 『ロシア 女たちの反体制運動』 高柳聡子著 集英社新書 1100円
- 『ポピュリスト・ナポレオン 「見えざる独裁者」の統治戦略』 藤原翔太著 角川新書 1034円
政治権力をめぐる命懸けの闘争の裏には、いつもひそかな人間たちの機微がある――そう感じさせられた良書を紹介する。
(1)は政治権力への市民の抵抗を軸にロシアの近現代史を描く。しかし従来の歴史の描き方には問題があったと著者は指摘する。権力に抗(あらが)い、平等を求める人でさえ、男性を主役に仕立てて歴史を理解し、それ以外の存在を周縁化してしまいがちな点だ。だが実際に起きた抵抗運動の数々は、女性たちのものだった。ときには盗聴をおそれてペンとマッチと記憶に頼りながら、ときには派手な覆面とパンクロックに頼りながら。悲惨な現実のなかでも自由を渇望する強靱(きょうじん)な精神が、そうしていまなお脈々と受け継がれている事実に、感嘆の念を覚える。
翻って、権力の側も一枚岩ではない。(2)は軍事独裁者ナポレオンという像を覆す野心作。かわりに強調されるのが、政治家としての地味な活動である。海外遠征で、ナポレオンは交渉と統治の術を学んだ。自らの政敵を排除したあと巧みに取り込み、自分の支持票を不正に水増しし、国民の支持を盤石にした。気軽に投票できる新たな選挙制度を作り、地方住民の声も傾聴した。そのうえで、肖像画や国民祭典や演劇といったプロパガンダを利用し、「共和国の皇帝」としての評価を勝ち得たのだった。このようなナポレオンの戦略を追体験することで、強権を掌握する政治家の手法を批判的に学ぶことができるだろう。=朝日新聞2025年5月24日掲載
