最近、ついカッとなってブローチのキットを買った。その前も、ビーズを何袋か買った。そしてその前も。そういえば去年の今頃、むかむかしてパーツに使おうと携帯ケースをデコる用に売られているプラスチックのパールなどの立体シールを各種爆買いした。
それで、一年ぐらい何も作っていない。新型コロナにかかった時にも、ものすごくいらいらしながらそのパーツ代わりの立体シールでブローチを作ろうとしたが、やっぱり熱がしんどくてやめてしまった。その時は、スポーツ観戦、手芸など、いろんなことをやめた。
この〈イライラしたら手芸素材を買う〉は母親もやっていたらしい。戎橋筋(えびすばしすじ)商店街のとらや難波店(服地・布地のデパート)がなくなって残念だ、という話をしていた時に、自分は会社で嫌なことがあると帰りにとらやにハギレを漁(あさ)りに行った、と母親が言っていた。
君らだけだろ!とお叱りを受けるかもしれないが、四十代と七十代がこう申しているので、手芸店にいる人の中には、意外と怒っている人がいるのかもしれない。もう何もかも自分の思い通りにはならないし全員敵だから、せめて手芸でもして思い通りのものを作ろうということなのではないか。作れなくても、「思い通りのものを作る」ビジョンは一時間ぐらい心を楽にしてくれる。
怒ると編み物をする、と以前エッセイに書いたことがあって、今もだいたい怒っているし編み物がしたいのだが、ガーター編みに対して鎖の作り目を作るのが五百分の一ぐらいしか好きじゃないのでやれていない。編み物をやらない方に簡単に説明をすると、だいたいの棒針編みは作り目を拾うことから始まり、メリヤス編み、ガーター編み、ゴム編み、鹿の子編みなどへと発展していく。本当に誰か作り目を作ってほしい。二十目でいい。コースターを作る。わたしは大金持ちになったら、編み物がしたい時に作り目を作る専門の人を雇うつもりだ。=朝日新聞2024年10月16日掲載