ISBN: 9784065333495
発売⽇: 2024/07/25
サイズ: 13.1×18.8cm/256p
ISBN: 9784000229814
発売⽇: 2024/08/01
サイズ: 1×29.7cm/64p
「撮るあなたを撮るわたしを」 [著]大山顕/「個性的な人」 [文]オルガ・トカルチュク [絵]ヨアンナ・コンセホ
先日、家電量販店にフィルムカメラのコーナーができていて驚いた。どうやらリバイバルしているらしい。
とはいえ現代では、写真=スマホで撮ってスマホで見るもの。『撮るあなたを撮るわたしを』の言葉を借りれば、「写真というものが大きく変わったことが意識されないまま今に至っている」。
そう、写真は変わった。
スマホの普及とSNSの隆盛に伴い、この十年ほどで革命が起こったのだ。高性能カメラを誰もが持ち歩き、いい写真が撮れたらSNSで気軽にシェアして、人に見てもらえるようになった。しかもコストはゼロ。一方で、保存された大量の写真は見返されることなく、ストレージを圧迫してはじめてふり返られる。そして削除される。
著者いわく、なかでも最たる変化こそ「自撮り」なのだという。カメラは元来、撮るものと撮られるものを分け隔てる装置だった。それが写真の歴史上はじめて、「インカメラ」によって境界が突破された。レンズを自分自身に向け、景色の一部として自らを撮る。適度に盛られた、いいね狙いの自撮り写真が、SNSには氾濫(はんらん)している。
すっかり当たり前となり、誰も何とも思わなくなったこの現象を別の角度から描いたのが、(曰〈いわ〉く付きとなった)二〇一八年のノーベル文学賞を受賞したポーランドの作家、オルガ・トカルチュクである。魅力的な外見を持った男性が、自撮りに夢中になるうちに、顔の様子がおかしくなっていることに気づく。輪郭がぼやけ、いつしか「顔」を喪失している。『個性的な人』は、絵本と呼ぶにはあまりに殺伐とした、アート作品のような一冊だ。
この奇妙な物語で思い出したのが、「減るもんじゃあるまいし」という、性加害を正当化する常套句(じょうとうく)。実際はいかなる性加害であっても、被害を受けた側は心に傷を受け、損なわれていた。もしかしたら自撮りにも、それと似た要素があるのかもしれない。誰かに見られることではじめて自分が存在するかのような自撮りカルチャーに、炭鉱のカナリアのごとく、静かに警鐘を鳴らす。
唯一無二の個人を表す顔。『撮るあなたを~』によると、SNSユーザーが嬉々(きき)として上げる写真は、顔認識技術の開発に吸い上げられている。監視カメラによって、市民の管理・統制に利用される未来はもう来ている。
今年、古いデジカメが中国のZ世代に人気というニュースを見た。アナログな画質がエモいという理由のほかに、「監視から逃れたい」という切実な事情があった。
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おおやま・けん 1972年生まれ。写真家、ライター。著書に『新写真論 スマホと顔』『団地の見究』など。
Olga Tokarczuk 1962年ポーランド生まれ。邦訳に『逃亡派』、Joanna Concejoとの共著に『迷子の魂』など。