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谷口智則さん「かいじゅうのすむしま」インタビュー 災難は誰のせい? 現実で起きている問題、考えるきっかけに

『かいじゅうのすむしま』(アリス館)より

敵ではなく、優しいかいじゅうを描く

―― 住民たちに怖がられ、島に身を潜めて暮らすかいじゅう。住民たちは、島に降りかかる困難をかいじゅうのしわざだと考えています。でも実はかいじゅうは、島に大雨が降れば大きな傘を差してやり、日照りが続けば大きなじょうろで雨を降らせてやるという、優しい心の持ち主。かいじゅうのキャラクターは、どのようにして生まれたのでしょうか。

 コロナ禍の時期、僕らは何と闘っているんだろう?と思ったのをきっかけに、かいじゅうの絵をよく描くようになりました。最初は僕らの前に立ちはだかる、見えない敵の象徴として描き始めたんです。でもだんだん花束を持っているかいじゅうや、誰かに傘を差してあげるかいじゅうを描くようになって。敵ではなく、みんなを守る優しいかいじゅうとして描いた方がいいなと思うようになったんですよね。そんな時期に編集者さんから「かいじゅうの絵本を描いてみませんか」とお声がけいただいて、この絵本の構想につながっていきました。

 最初に思い浮かんだのは、大きな傘のシーンです。息子がまだ5、6歳の頃のことなんですが、ニュースを見ていたら、僕が以前イベントで行ったところが大雨の被害に遭っていると報じられていました。息子に「ここ、前に行ったところだよ」と伝えると、息子が「もっと大きな傘があったら、全部守れるのにね」と言ったんです。それを聞いて、いつかそんな大きな傘を絵本で描きたいなと思っていました。それで、かいじゅうが大きな傘で島全体を大雨から守るという場面を思いついたんです。

かいじゅうらしさを出すため、丁寧に描き過ぎず、勢いを大事に筆を進めたという。『かいじゅうのすむしま』(アリス館より)

―― 谷口さんの作品は、サルやキリン、ゾウなど、いろいろな動物が賑やかに登場する絵本が多いですが、『かいじゅうのすむしま』の主な登場キャラクターはかいじゅうだけ。住民たちは文章には出てくるものの、描かれてはいません。

 今回、住民たちの姿はあえて描きませんでした。住民は人間かもしれないし、動物かもしれない。読者の皆さんの想像にお任せしようかなと。島に住むかいじゅうについては、昨年、美術館「えき」KYOTOで展覧会をしたときに、京都駅の上の方から見える山々がまるでかいじゅうのように見えたので、そこからイメージして描きました。

 この本が出版された直後、イベントで島根県の隠岐諸島に初めて行ったんですが、まさにこんな感じの島で驚きました。知夫里島の赤壁はまさにかいじゅうのような迫力で。不思議なご縁を感じましたね。

平和への祈りを込めて

―― 何日も降り続ける大雨を見て、「こんなに おおあめがふるのは かいじゅうのしわざだと おもった」と住民たち。かいじゅうは大きな傘で島全体を大雨から守りますが、住民たちは雨がやんでも「かいじゅうのおかげだと きづかなかった」。住民たちがかいじゅうを誤解したまま、お話が進んでいきます。

 早い段階で「しわざ」と「おかげ」というフレーズが頭にぱっと降りてきたんです。うまく使えたら面白いなと思って、「しわざ」と「おかげ」の繰り返しをストーリーに盛り込みました。

 表紙や冒頭のかいじゅうは、怖いのか優しいのかわからないような表情で描いています。どちらかわからないままページをめくっていく方が、ドキドキ感があるんじゃないかなと。大雨や日照りなどの災難が起きるシーンでは、本物のかいじゅうの他に、住民たちが想像する悪いかいじゅうの姿をシルエットで表現しました。僕はいつも絵を黒い紙に描くんですが、このかいじゅうのシルエットは、紙の黒をそのまま残して使っています。

―― 物語の中盤では隣の島からミサイルが飛んできて、戦争が始まってしまいます。重苦しい場面がしばらく続きますが、どんな気持ちで描きましたか。

戦争のシーンは当初もう少し長かったが、全体のバランスを考えてページ数を減らし、代わりにゴミの山のシーンを盛り込んだ。『かいじゅうのすむしま』(アリス館)より

 本当はこんなシーンは描きたくないんですが、このぐらい描かないと伝わらないのかもしれないと思うようになって、平和への祈りを込めて描きました。戦争がどこか遠くで起こっている他人事ではなく、今も現実に起きていることなんだと考えてほしいし、絵本がそのきっかけになればいいなと思っています。

 戦争のシーンを描いている間はやっぱり気分が沈みましたが、そうでないと、こういう色の絵は描けなかったでしょうね。このシーンは普段使っていないような毒々しい感じの色をと考えて、濃い紫色を絵本で初めて使いました。最初から最後までずっと島とかいじゅうの絵が続くので、ラフを見せたときに編集者さんから単調にならないかと心配されたんですが、場面ごとでかいじゅうの色も背景色もがらっと変えたので、飽きずに見ていただけると思います。

―― 重々しい戦争のあと、静まりかえった島のシーンを挟んで、希望に満ちたラストが待っています。

静まり返った島。このあとに希望に満ちたラストが描かれる。『かいじゅうのすむしま』(アリス館)より

 このラストは最初から決めていました。これが描きたくて描いたってくらい。ストーリーは裏表紙まで続いているので、最後まで見てもらえたらうれしいです。

 僕は大阪の四條畷市で生まれ育って、今もそこでギャラリーカフェをやっているんですが、四條畷市には龍にまつわる伝説があるんです。昔、日照りが続いて雨乞いをしていたら、龍が現れて雨を降らせてくれた。龍は頭と胴と尾の3つに割かれ、それぞれの場所に寺が建てられたそうで、四條畷市には龍尾寺というお寺があります。龍は架空の生き物ですが、昔から災害などがあると、こういった物語を信じることで、きっとみんな救われてきたんですよね。昔は口伝えでの伝承だったと思うんですが、物語の力の強さを感じました。

 自然災害や戦争を前に、自分に何ができるんだろうと考えたとき、僕にできるのは物語の力を使って思いを絵本にして、それを届けていくことだなと。イベントで全国各地に出向いたり、大阪で自分の店を開いたりしているのもそのためで、日本だけでなく、世界中の子どもたちに絵本を届けていきたいなと思っているんです。もうすぐ開催される大阪万博でも、参加させていただく企画があるんですが、これも世界の人たちに向けて絵本を届けるいい機会だなと思って。絵本を通じて、子どもたちが夢や希望を受け取ってくれたらと願っています。

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