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児童書の名作「ワンダー」のもう一つの物語「ホワイトバード」が映画化 原作翻訳者・中井はるのさんインタビュー

ヒット作『ワンダー』が生まれるまで

――『ワンダー』(ほるぷ出版)は、生まれつき顔に障がいがある少年オギーが学校で巻き起こす奇跡を描いた児童書で、「ワンダー 君は太陽」の邦題で映画にもなりました。中井さんはどのような経緯で『ワンダー』を翻訳されたのですか。

 『ワンダー』のことは、ある記事を読んで知りました。作者がニューヨークの出版業界にいる人で、本名は明かさず、ペンネームで出版されたというのが最初の情報でしたね。読んでみたら非常にわかりやすい英文で、するすると読めてしまうのですが、それでいて心の中に一文一文が沁み入ってくるというか、それぞれの登場人物の置かれた立場や気持ちの流れが手にとるようにわかる文章で、あぁいいなぁと思ったんです。

 すぐにシノプシス(梗概)を書いて、とある出版社に持ち込んだのですが、うちではちょっと……と断られてしまいました。すごく簡単に言ってしまえば、顔に障がいがある子が学校でいじめを受けるというストーリーなので、出版は難しいと思ってしまったようです。それで、別の仕事でやりとりしていたほるぷ出版の編集者・木村美津穂さんに、無理かなと思いつつも「これ、読んでみませんか」と見せたところ、ものすごく感動してくれて。これは編集者としてどうしても出版しないと!と動いてくれたんです。木村さんの熱意に押されて、ほるぷ出版社内でも皆さんがゲラを読んでくれて、その結果、誰もが『ワンダー』の虜になったそうです。「ワンダー会議」を重ねて、会社一丸となって販売にあたってくれました。

左が単行本版、右が2024年10月に刊行されたソフトカバー版。ソフトカバー版は単行本版より小さく、大人も手にとりやすいサイズになっている

――『ワンダー』は全世界で1500万部を超えるベストセラーとなりましたが、作者のR・J・パラシオさんはこの作品がデビュー作だそうですね。

 パラシオさんは小さい頃から本を読むのが好きで、そのうち自分も何か書きたいと思いつつも、今じゃないと感じて、デザイナー、アートディレクターとして出版社で働いていたそうです。

 作家になったきっかけは、パラシオさん自身が子ども2人を連れてアイスクリーム屋さんに行ったとき、オギーのような見た目の子と出会ったこと。ベビーカーに乗せていた下の子がその子を見て怯えて泣き出してしまって、慌ててその場を去ろうとしたら、上の子が持っていたミルクシェイクをこぼしてしまい……そんな様子を見たその子の母親が「そろそろ行かなくちゃね」と優しく穏やかな声で言って立ち去った、という出来事があったそうです。もっと良い対応ができたのではないか、と考えるうちに、きっと今が書き始めるタイミングだと思うようになったらしくて。その日の夜から『ワンダー』の執筆を始めたと聞きました。

 もちろんそれまでの出版業界での仕事も、作品を書くために大いに役立っているかと思います。ところどころに出てくる格言やスターウォーズのエピソード、歌の歌詞などからも、幅広い知識やセンスが垣間見えますし、複数の異なる視点から描くという手法によって、いろんな人の琴線に触れる物語になっていると感じました。

どんな時代も勇気ある優しさが人を救う

―― シリーズの続編として、『ワンダー』でオギーをいじめていたジュリアンら3人の視点で描かれた物語『もうひとつのワンダー』(ほるぷ出版)が出版されました。その中で、ジュリアンのおばあちゃんが語った少女時代の戦争の記憶をさらに掘り下げて描いたのが『ホワイトバード』です。

 『ホワイトバード』はもともと、パラシオさんがグラフィックノベルとして描いたものでした。このグラフィックノベルも非常によかったんですが、漫画大国日本でこのまま出版するのは難しいだろうなと。編集の木村さんも同じ意見だったので、見送ったんですね。

 そうこうするうちに『ホワイトバード』の映画化が決まって、同時に小説版の準備が始まったらしいという情報を入手したんです。あのグラフィックノベルのノベライズなら間違いないということで、小説版を翻訳して日本でも出版することになりました。ハリウッドの脚本家ストライキの影響で映画の公開が2年遅れたので、映画よりも小説版の方が先に世に出ることになったんですけどね。

 

映画に先駆けて2023年11月に刊行された小説版『ホワイトバード』。巻末にはホロコーストにまつわる用語解説が20ページ近くにわたって掲載されている

―― 物語の主な舞台は第2次世界大戦中、ナチス占領下のフランス。ユダヤ人迫害を生き延びたおばあちゃんが孫のジュリアンに戦時中のことを話して聞かせる、という形式で進みます。 

© 2024 Lions Gate Films Inc. and Participant Media, LLC. All Rights Reserved.

 原作がグラフィックノベルということもあって、臨場感のある描写が多く、読んでいて情景がありありと浮かんできました。つらい場面がいくつも続くので、初めて読んだときも泣きましたし、訳しながらも何度も何度も泣きましたが、その一方で、希望の光もしっかりと描かれていて。

 命が危険にさらされているような状況下では、そこでどんな行動をとるかで人間の本性が出ますよね。少女時代のおばあちゃん、サラの周囲には、ユダヤ人を迫害する側に回ってしまう人もいましたが、命がけで助けてくれる人もいました。その一人が、足が不自由なせいでいじめられていたクラスメイト。名前はジュリアンです。孫のジュリアンという名前は、命の恩人である彼の名前からつけられていたんです。

 どんなに苦しい状況にあっても、勇気を持って優しく手を差し伸べてくれる人はいるというところが、つらい出来事の多いこの物語の中の光のように見えました。

―― 印象的な台詞や好きな場面はありますか。

 ジュリアンの母親ヴィヴィアンが学校長のリュック牧師に言った台詞は心に響きました。神を信じることで奇跡が起きるのを待っている牧師に対して、ヴィヴィアンはきっぱりと言います。

 「悪は、善人たちがそれを阻止しようと決めたときにはじめてやめさせることができるのです。わたしたちの戦いであって、神さまの戦いではありません」

 ただ祈るだけでは世界情勢は変わらない、いけないことはいけないと声を上げて、動いていかないとだめなんだ……そんな、今を生きる私たちへのメッセージのようにも感じました。

 好きな場面は冒頭の、ブルーベル咲き乱れる森でのピクニックのシーンや、中盤、サラとジュリアンが二人きりで過ごすひととき。全体的に緊張感が漂う物語ですが、そんな中にも少し力の抜けるシーンが盛り込まれていて、そのバランスがすごくいいなと感じています。

 

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生きていく上でのヒントにも

―― 映画「ホワイトバード はじまりのワンダー」の感想を聞かせてください。

 冒頭の入り方や終わり方は少し違いますが、小説そのままの世界が再現されていたように感じました。どうなるかわかっていても、「ああ、そこに行っちゃだめ!」なんてハラハラしてしまうくらい、物語に入り込んで見ていましたね。ヘレン・ミレンさん演じるおばあちゃんがすごく素敵でしたし、サラとジュリアンの2人も初々しくて、とてもよかったです。お付き合い中のカップルの方たちにも見てもらいたいですね。相手が窮地に陥っているときに力になってくれるって、究極の愛ですから。

 

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 ウクライナで戦争が起きて、コロナ禍もあって、今はパレスチナでも戦争で人が殺し合っています。こんな時代だからこそ、意義のある作品なんじゃないかなと感じています。

――『ホワイトバード』をどんな人に薦めたいですか。

 『ワンダー』を読んだ人には、いじめる側だったジュリアンのその後を描く最終章として、ぜひ読んでもらいたいですし、映画も見てもらいたいです。また、『ワンダー』を知らずに映画「ホワイトバード はじまりのワンダー」を見た方には、『ワンダー』『もうひとつのワンダー』も読んでみてもらえると、シリーズ全体でパラシオさんが伝えたかったことが見えてくると思います。

 『ワンダー』『もうひとつのワンダー』『ホワイトバード』、この3つのすべてに登場するのはジュリアンだけです。ジュリアンのオギーに対するいじめは確かに悪いことだったけれど、悪を悪のままで終わらせず、その裏にどんな事情があったのか、どんな歴史があったのかというところまで見せることで、いじめた側の救済を描いていく、そこにパラシオさんの決意を感じました。

 「ワンダー」シリーズは、あふれる情報の中で、何を取捨選択すればいいのか、どう生きるべきなのかと迷ってしまったときに、人としてこんな風に生きていくべきなのではとヒントを与えてくれる作品です。人は優しく親切になることもできれば、一方で、残酷なこともする。あなたはどちらを選びますか?と問いかけてくるような作品でもあります。小説を読んだり映画を見たりすることで、考えるきっかけにしてもらえたらうれしいです。