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富安陽子さんの人気シリーズ「シノダ!」 山と町、異界と人間界 はざまで生まれる日常と地続きのファンタジー

「シノダ!」シリーズ12巻『初音一族のキツネたち』(偕成社)

「次の『シノダ!』は?」の声にこたえて

――植物学者でおおらかなパパと陽気でしっかり者のママ。ママの正体がキツネでも、なんの問題もないとユイは思っているのに、ちゃらんぽらんなキツネ一族が次々やってきて……。小学生に人気の「シノダ!」シリーズ、新刊は5年ぶりですね。

 前巻からしばらく間が空いたので、講演やサイン会のたびに小学生や中学生が必ず「次の『シノダ!』はいつですか」「『シノダ!』はもう出ないんですか」と質問してくれて。子どもはどんどん成長するのに次の巻を待ってくれているんだな、ありがたいことだなと思います。

――ユイは小学5年生、弟のタクミは小学3年生、末の妹のモエは3歳です。ユイは信田一家の秘密を守ろうとがんばっていますが、小さな竜がマンションのお風呂場にすみついたり、友達とひきだしの向こうの世界にひっぱり込まれたり……。

 人間とキツネの血をひいた子どもたちは、異能を受け継いでいるし、異界と呼び合ってしまうんですよね。でも毎度災難がふりかかるのは、やっかいなキツネの親戚一同のせいでもあるのです。

「シノダ!」シリーズの登場人物

恋と結婚はゴタゴタを引き起こす

――キツネのかっこうのまま気ままにマンションに現れるおじいちゃん、不吉な予言を告げにくるホギおばさん。極めつきがママの兄、いつも騒動を引き起こす夜叉丸おじさんです。

 でも、ホラ吹きでトラブルメーカーの夜叉丸おじさん、人気があるんですよ。あやしい宝探しに熱くなったり、サービス精神旺盛でつい話を盛り上げちゃったり……。変な大人がおかしくて、読者も笑っちゃうんだろうなと思います。

――新刊『初音一族のキツネたち』は、そんなおじさんの恋の話ですね。ある日しょぼくれた顔でユイとタクミの前にあらわれた夜叉丸おじさん。恋人にプロポーズしたいけれど、相手は“初音の鼓”を守りつづけているという由緒正しい“初音一族”のキツネ。「人間の親戚がいるなんて」と結婚を反対されます。

 そうすると、まわりまわってまたユイたちにやっかいごとが……やってくるんですよね(笑)。結婚って親戚が増えることだし、それにともなってトラブルも増えるもの。そもそも「シノダ!」は人間とキツネの親戚づきあいのゴタゴタからスタートしているので、今回は久しぶりの「シノダ!」だし、初心にかえって人間とキツネがなんとかやっていこうとする中で起きるハプニングを書きました。

民間伝承からふくらんだ空想

――シリーズも12冊目ですが、もともとの「シノダ!」のアイデアはどこから生まれたのでしょう?

 もとになったのは大阪・和泉地方に伝わる民間伝承「信田妻(しのだづま)」。一匹のキツネが人間の男の妻となって、子どもをもうけるけれど、やがて正体を知られ、家族のもとを去っていく……という古いお話です。一説によると、このキツネが産んだ子がのちに安倍晴明(あべのせいめい)という有名な陰陽師(おんみょうじ)になったと言われます。

 私は昔話や説話集が好きで、大学の専攻は「平安文学と仏教」。仏教説話から派生した説話集をよく読んでいました。その中で「信田妻」に出会い、もしも私がキツネなら……と空想したんです。「もし自分がキツネで人間と結婚することになったら、結婚相手にまでは黙っていられないかな」と。つきあっている間はともかく、いざ結婚するときには「実は私……キツネなのよね」って白状するかなと思ったんですよね。そうしたらほとんどの人間はダメって言うだろうけど、ひとりぐらいは「いいよ、キツネでも」と言う人がいるかもしれない(笑)。

1巻『チビ竜と魔法の実』(偕成社)

 「信田妻」はキツネが一匹で秘密を抱え、最後は恨みごとのような歌を残して山に帰ります。でももしも舞台が現代で、当然、生まれた子どもたちもちょっと変わった力を持っているに違いないし、家族で協力して秘密をわかち合うなら……? わくわくしながら空想を広げていったのが「シノダ!」シリーズのはじまりです。

 もうひとつ、頭にあったのは小さい頃に好きだったテレビ番組「奥さまは魔女」です。お父さんはふつうの人間だけどお母さんは魔女で、子どもたちも力を受け継いでいる。そんな一家に日々騒動が起こるアメリカの連続ドラマで。今や国際結婚も増えていることだし、悲劇的な異類婚じゃなくカラッと明るい日本の異類婚を書きたいと思いました。

大人は変なやつばかり

――毎回、ちょっと不気味でドキドキすることに巻き込まれるユイたち。どの巻も結末はどうなるのかとハラハラします。

 ユイたちが住む町を足場にしつつ、異界と人間界の両方を行き来する設定にしたところが、シリーズが続いた理由のひとつかなと思います。人間社会でキツネの存在をどうやってごまかすかのドタバタ劇もあるし、逆に『キツネたちの宮へ』(6巻)のようにユイたちがキツネ山の結界内に入り込むことで、婚礼の儀式の間は絶対にパパが人間だとバレちゃいけない、という手に汗握る展開になったり……。『樹の言葉と石の封印』(2巻)のようにまったく別の異界へ行ってしまうことも。

 きょうだいが3人いるのもいいところですよね。ユイは夜叉丸おじさんのいいかげんさに腹を立ててつっこむ方で、タクミは憎めないおじさんをかばう方。ふたりがおじさんと一緒に身動きできなくなっていると、末っ子のモエが解決の糸口をつくってくれたり。その掛け合いは書いていて楽しいところです。

 あとはやっぱり、ぜんぜん頼りにならない大人たちです。夜叉丸おじさんを筆頭に、ホギおばさんも鬼丸おじいちゃんもママの妹のスーちゃんも……出てくる大人がどうしようもないやつばかり(笑)。むしろ子どもたちの方がしっかりしてて、なんとか道を切り開いていくんです。だいたい、昔から大人らしくない変な親戚って、1人や2人いたものですよね。

10巻『指きりは魔法のはじまり』(偕成社)より

本より先に語りがあった

――富安さんのつむぐ物語にはいつも、昔懐かしいような、ぞくっとする不思議さがあります。

 そうですねえ。私自身が本より先に“語り”で物語に出会ったこともあるかもしれませんね。父方の祖母は福岡から対馬に嫁ぎ、後に東京に出てきた人で、海にすむカッパや人魚や海ぼうずの話をたくさん聞かせてくれました。同居していた父の姉、つまりおばも話し上手で、おばが持ち歩いていたキラキラした銀の丸薬を「ひとつちょうだい」とねだって、手のひらから地面に転がしてしまうと、「今ごろネズミが“これはきっとたいへんな宝石だ”と婚約指輪にしようとしている」とか、見覚えのない細い路地に入っていくおばを心配しながらついていくと「ネコにちゃんと道を教えてもらったから大丈夫」とまことしやかに澄ましていたりとか。

 「おりこうにしていたら、月のうさぎが一年に一度だけお餅をまいてくれる」とおばに言われ、一度本当に空からお餅がふってきたので、私はずいぶん大きくなるまでそれを信じていました。4年生の夏休みだったか、「おばちゃんが2階から隠れてまいていたんだよ」と種明かしをされて心底がっかりしたものです。

――手の込んだお芝居もお話とセットだったのですね。

 私も結婚して子どもが生まれると、おばのホラ吹きを受け継ぎましたよ(笑)。息子たちが3歳と5歳になるのを待ってお餅をまいてやると「月のうさぎがお餅をまいてくれた」と信じた2人は大喜びでした。

物語が生まれるのは、山と町の境界線上

――ユイの住むエレベーター付きマンションの5階からは山が見え、朝は団地の内外の子が集まって学校へ集団登校します。「シノダ!」の舞台はどこにでもあるような人間の町です。

 私は生まれてすぐは東京の家で祖母やおばと同居していましたが、小学校にあがる頃に父の仕事で大阪に引っ越しました。父の仕事はニュータウンの先駆けである「千里ニュータウン」の設計にはじまり、都市開発が主な仕事だったので、私たち家族もニュータウンで暮らすことが多くて。ニュータウンというのは、もともとあった山などの昔の風景の中に、忽然と整った町が現れるんですよね。そんな山と町の境界みたいなところで大きくなりました。

 だから「シノダ!」もそうですが、私の物語はいつも異界と人間の町のはざま、境界上に生まれます。異界は完全な別世界でもなく、今私たちがいるところから地続きでいけるところだけど、その“あわい”がいつも存在する。「もしかしたら正体がキツネであることを隠している一家が近所にいるかもしれない」という距離感の近いファンタジーは、山と、新しい町のはざまで育った感覚から生まれたかもしれません。

8巻『キツネたちの宮へ』(偕成社)より

人間とキツネの出会いからはじまり、続いていく物語

――シリーズを通して読むと、くせの強いキツネたちや数々の災難に巻き込まれても動じない人間のパパが、実はいちばんすごいのでは?と思うのですが。

 シリーズがはじまってすぐ「人間のパパとキツネのママがどうやって知り合ったんですか」「どうして結婚したんですか」という質問が寄せられました。私もママの親戚のキツネたちを書きながら、パパ方の人間の親戚ってどんな人たちなのだろう、と気になっていました。

 そんな疑問に答える形で、パパが小学生だった頃の記憶にまつわる『鏡の中の秘密の池』(3巻)や、中学生になったパパがママと出会った遠い夏の夜、ちょっと不気味で切ない『魔物の森のふしぎな夜』(4巻)を書けたのはよかったなと思います。特に出会いのエピソードは書きたかったんですよね。ふたりのはじまりがなければ、ユイとタクミとモエだって生まれなかったわけですから。3、4巻からどんどん長編を綴る面白さが深まっていったような気がします。

4巻『魔物の森のふしぎな夜』(偕成社)

――はじめはママの結婚を許さず姿を現さなかったキツネのおばあちゃんのひととなりも、シリーズの途中からだんだんわかってきます。巻を重ねるごとに背景もキャラクターも描き込まれ、味わいが深くなりますね。

 各巻一話完結方式なので、巻ごとに楽しんでもらえるよう意識しつつ、シリーズならではの楽しみと両立させていくのが目標です。“毎度おなじみ”を踏襲しながらも「今度はこうきたか」と読者を驚かせるような、それまでと違うものを書きたいと思っています。

 たとえば『都ギツネの宝』(8巻)では、ふるくは魑魅魍魎(ちみもうりょう)や怨霊(おんりょう)の伝説が数多くのこる京都の町を舞台に、キツネの宝物を探す話を書きました。「シノダ!」は魅力的な挿絵を描いてくださる大庭賢哉さんに本当に助けられていますが、このときも京都に実在する寺院や通りや橋などを取材して絵を描いてくれました。

――「シノダ!」を読むとなんだかキツネを身近に感じます。

 「キツネにつままれたような」なんて言いますが、日本では小さな子でもキツネが化けることがある、というのはなんとなく知っていますよね。人間とキツネの恋の話も昔からたくさんあります。西洋では、キツネはずる賢いイメージはあるけど、化けることはあまりないみたい。“人間とキツネの夫婦”という設定のファンタジーを書けるのは日本ならではかもしれません。

 稲荷神社って全国各地にありますよね。きっとキツネは田んぼや人間の住まいのそばによく出てきていたのでしょう。人前には姿を見せないけれど、今も遠くないところに隠れているはず。私も、お稲荷さんの前を通りかかると「『シノダ!』がお世話になっています」といつもお参りしています。

「シノダ!」シリーズ1~11巻