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「ミスター・チームリーダー」書評 部署は脂肪と筋肉でできてる?

評者: 吉田伸子 / 朝⽇新聞掲載:2024年12月14日
ミスター・チームリーダー 著者:石田 夏穂 出版社:新潮社 ジャンル:文学・評論

ISBN: 9784103558811
発売⽇: 2024/11/20
サイズ: 19.1×2cm/128p

「ミスター・チームリーダー」 [著]石田夏穂

 後藤は焦っていた。ボディビルの大会まで残り二か月をきったというのに、思い通りに体重が減らないのだ。このままでは目標体重に届かない。減量でこんなに苦労するのは初めてだ。
 減量期になると、蛋白(たんぱく)質、脂質、炭水化物の1日の摂取量がグラム単位で決められており、それを守っているのに、減らない。イラつく後藤をさらにイラッとさせるのは、同じ部署にいる体脂肪過多な面々だ。これがまぁ、働かない。なのに、食べることには前のめり。うっ、耳が痛い。
 そんな彼らに向けて、後藤が心の中で繰り出す脂肪へのディスりを笑いつつ読んでいると、物語はとんでもない方向へと進んでいく。体脂肪過多な一人を部署から放出した途端、あんなに停滞していた後藤の体重が減ったのだ。後藤にとってそれは、天の啓示だとしか思えなかった。
 かくして、後藤は部署のスリム化を推し進めていくのだが……。というのが本書の大まかな筋だ。まさか、脂肪と筋肉がお仕事小説にこんなにハマるとは。
 読み進めていくと、物語にはうっすら不穏な気配も漂ってくるのだけど、後藤は1ミリもブレない。物語のラスト、マジか!という展開もあるのだけど、それでもブレない。後藤、心身ともに強靱(きょうじん)なのだ。
 作者の石田さんは、すばる文学賞佳作を受賞した『我が友、スミス』でデビュー。会社や社会の〝理不尽〟から逃れるために、ジムでのトレーニングを始めたU野という女性が、ボディビル大会のお約束ごと、という新たな〝理不尽〟と向き合ったことで、真に覚醒する物語だった。
 ボディビルの世界を描くのは、デビュー作以来。本書でも、物語のラスト、覚醒する後藤が描かれているのだが、後藤の場合、さらに覚醒する余地も残された。最終覚醒を果たしたシン・後藤と彼の会社のチームがどうなるのか、その先も読みたい、と思った。
    ◇
いしだ・かほ 1991年埼玉県生まれ。著書に『我が友、スミス』『ケチる貴方』『黄金比の縁』など。