現代的なテーマも盛り込んだ脚本
——今作は、『指輪物語 追補編』をもとにしたオリジナルストーリーですが、原作にはヘルム王についての記述がごくわずか。その大筋をたどりつつ、オリジナルのストーリーを膨らませるというのは大変だったと思うのですが、どんな感想を持ちましたか。
オリジナルの要素が多分にある物語ではありますが、「ロード・オブ・ザ・リング」の前日譚なので、特に最後の方では実写版につながるところもあるんです。その辺りのバランスを大切にしながら、とても丁寧に脚本化されたんだなと感じました。そこに登場人物たちのカタルシスもあるので、実写映画を知らない方でも楽しめますし、知っている方は「おっ!」と思う瞬間があると思います。また、アニメーションもすばらしいので、どんな楽しみ方もできる作品だなと思っています。
——今作の主人公であるヘラに至っては、原作では「ヘルム王の娘」と表記されているだけでした。
古典のよさが詰まっているのですが、現代を生きる僕たちにも、とても共感できるものがあるなと感じました。そして、ヘラをはじめとする女性がどう生きていくかなどの現代的なテーマもうまく盛り込まれているので、最初から最後まで一気に読みました。これを脚本化することのプレッシャーたるや、尋常じゃなかっただろうなと思いますし、想像すると震えますね(笑)。
——世界各国で人気の本作ですが、どんなところに魅力や面白さを感じますか?
実写版の「ロード・オブ・ザ・リング」が持つ壮大なスケール感はやはり魅力のひとつだなと思いますし、それは今作にも通じるところです。また、作品の大きな要素のひとつである風景描写も、実写を見ているようなリアルさがあるんですよね。馬が走っていくときに出るほこりっぽさや、砂地や岩谷の感じも共通しているので、そういうところも非常におもしろいです。
未熟さは、みんなが持つ弱さ
——父フレカを殺され、復讐を誓い、ローハンに攻撃をしかける中心人物ウルフ役のお話を聞いた時、どう思いましたか?
実写版は完結しているので、こういった形で本作に参加できると思っておらず、驚きとともに非常に光栄でした。ウルフという非常にクセの強い人物をお任せいただいたので、とてもやりがいがありました。
——脚本からどのようにウルフという人物を膨らませたのでしょうか。
一見すると、クールでワイルドで、圧倒的に強そうに見えるのですが、その実、メンタル的には弱いところもあって、そこが非常に人間臭いと言いますか、幼いんですよね。そういう未成熟な部分が、ウルフのポイントになるのかなと思いました。簡単に言えば、駄々っ子のようなところがあって、心の狭いところがあるんです。なので、神山(健治)監督は「ウルフは嫌われるかもね」なんておっしゃっていましたけど、僕は割とおもしろがってもらえるんじゃないかなという気がしています。
人間的に小さい部分があるけれど、それは僕も含めて、もしかしたらこの作品を見てくださる皆さんも持っている部分なのかもしれないなと思うんです。あまり立派な人だと崇めるだけで終わってしまうけど、自分たちが生きている地平にいそうな欠落感を持ったキャラクターで、おもしろいなと思いました。
——ウルフを演じるにあたって、どんなことを心がけてアフレコに臨みましたか。
僕は最初、ウルフのキャラクター像を、もう少し厳つく、ちょっとドスが効いているようなキャラクターを作っていたんです。最終的に大軍勢を率いてトップに立つような男なので、腹の据わった感じや、ワイルドさを強めに出した方がいいかなと考えていたのですが、現場で監督から「もう少し、ある種の若さみたいなものが欲しい」と言われて「なるほどな」と思いました。もちろん脚本を読んで、人としての未成熟な部分や弱い部分が前面に出てくるところはあるなと思っていたのですが、やはりそこがウルフの中心にあるのだなと思いました。
あとは「こいつは結構お坊ちゃんだな。意外と大事に育てられているぞ」ということが、後からじわじわと分かってきましたね。特にヘラに結婚を申し込むあたりや、きっとこの人は父親にそそのかされているところもあるんだな、といったことが徐々に分かっていく感覚がありました。
——「怒り」にも、悲しみや憎しみ、苦しみを含んだものなど様々あると改めて感じました。ウルフの中でじわじわと芽生える感情の機微をどのようにとらえていましたか。
その時々の状況と、相手との関係性で感情が変わってくるなと思っていました。ウルフは割と繊細な男なので、幼馴染でもあり淡い恋心を抱いていたヘラにみんなの前で結婚を断られて、悔しさや悲しさ、恥ずかしさといった様々な感情がバーッと出てしまった。それが1周した結果、行動が裏目に出てしまい、誰かを傷つけてしまう。そういうひねくれたところがあると思って演じていました。
『星の王子さま』の輝きは今の時代も
——数々の作品で声優を務めていらっしゃいますが、声で伝えられること、声だけだからこそできることをどのようにお考えでしょうか。
僕はドラマも出演させていただいたことがあるし、昔は舞台にも出ていましたが、吹き替えやアニメーションの声優も含めて、いわゆる「お芝居をするもの」に関しては、それぞれの違いを感じていないんです。あえて言葉にするならば、作品ごとに違うという気持ちでいますね。
例えば、アニメーションでも、ちびキャラが出てくるようなものから、今作のような、いわゆる敵や悪を演じる上では役へのアプローチが全く変わります。それは実写でも同じで、ドタバタコメディーとめちゃくちゃシリアスな日常を描いた作品でも変わってきますからね。そういう意味で、自分の中ではあまり変わりがないかなと思っています。もちろん、アニメーションならではの表現やリアクションの仕方はありますし、こういったファンタジーならではの設定や世界観というものがあるので、作品ごとに楽しんでいます。
——お仕事で多くの作品に携わっていますが、ふだんはどんな本を読みますか?
最近はあまり小説などを読めていないのですが、元々はミステリー系からエンタメ系まで、ジャンル問わずいろいろなものを読んでいました。ホラーだけは怖いので、あまり読みませんが(笑)。子どものころは世界の偉人伝を読んで「おもしろい人がいるんだなぁ」と思っていましたね。その後は物語にハマり、純文学にはまり……。村上春樹さんと村上龍さんの「ダブル村上」は完全に世代なので、よく読みました。
——最近読んで特に印象に残っている作品を教えてください。
もともと『星の王子さま』が好きなのですが、最近改めておもしろいなと感じています。最初に読んでいたころは、サン=テグジュペリがこの作品を書いていた第2次世界大戦中の時代背景や、書かれた動機などをあまり知らなかったんです。今、また世界できな臭い、戦火が燃え上がっている時代になって、この作品が持つ輝きがあるなと思いますし、非常に奥深い気がします。