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「もの想う時、ものを書く」書評 人生の応援歌ではない真の言葉

評者: 横尾忠則 / 朝⽇新聞掲載:2025年01月11日
もの想う時、ものを書く-Amy's essay collection since 2000 (単行本) 著者:山田 詠美 出版社:中央公論新社 ジャンル:文学・評論

ISBN: 9784120058493
発売⽇: 2024/11/07
サイズ: 2.5×19.1cm/416p

「もの想う時、ものを書く」 [著]山田詠美

賀正
 詠美さんはもの想(おも)う時ものを書きます。考える時ではなく想う時です。考えは脳、想いは肉体の働きです。僕は考えると言葉に妨害されます。だから、絵を描く時は脳の観念と言葉を封印します。
 そのためにこの本を、踊るように、歌うように、絵を描くように、死者が霊になったように、パッと飛び込んだところから読みます。言葉を断ち切るように言葉に執着しないように、時には目をつぶって読みました。言葉への反逆が絵です。言葉を神にした人は死とともに空しくなります。
 詠美さんが三歳の時に父親は彼女を米櫃(こめびつ)の中にほうり込んで少しの食べ物を与えて仕事に行きました。米櫃から頭だけを出して外界を眺めているという三歳児の詠美ちゃんがその後直木賞作家に。米櫃のせいか、食物の話が次から次へと出てきます。言葉を発する口に食物が埋め込まれて、それが悲鳴になって、「ホッピー‼」と叫んでいました。
 言葉の達人、例えば詩人は言葉の洪水を断ち切れず、人生の応援歌みたいな言葉を発して人気を博しますが、詠美さんはそんな言葉は発しません。時には悲鳴のような言葉にならない叫びを上げて目の前の人にグラスの酒をぶちまけ「うるさい!」と怒鳴り返します。これこそが真の言葉です。
 話を変えましょう。詠美さんの周辺の人はなぜかよく亡くなります。僕も同じです。詠美さんは宇野千代先生だけでなく河野さんも好き。そんな河野さんが亡くなった。詠美さんと僕の共通点は「死んだ後も魂は生き残る」ので「死後の愉(たの)しみ」に心ときめきます。虚無的な唯物論者にはこの際、少しご遠慮いただきましょう。
 でも詠美さん、「合掌」はなぜか心を煩わせるのです。それは合掌しながら口の中で無言で仏々(ぶつぶつ)仏々言葉を吐くからですかね。
                                        合掌
    ◇
やまだ・えいみ 1959年生まれ。作家。著書に『A2Z』『風味絶佳』など。本書は作家生活40周年記念エッセー集。