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「マイナーな感情」書評 模範的な少数派の苛立ちと屈辱

評者: 前田健太郎 / 朝⽇新聞掲載:2025年01月11日
マイナーな感情:アジア系アメリカ人のアイデンティティ 著者:キャシー・パーク ・ホン 出版社:慶應義塾大学出版会 ジャンル:社会・政治

ISBN: 9784766429916
発売⽇: 2024/10/16
サイズ: 12.7×2cm/248p

「マイナーな感情」 [著]キャシー・パーク・ホン

 アメリカにおいて、アジア系アメリカ人は勤勉な「模範的マイノリティ」だとされる。だが、それは白人に従順だということにすぎない。いざ成功すれば、今度は空気のように無視されるだろう。そして、自分が軽視されたという苛立(いらだ)ちだけが残るのだ。本書では、詩人として成功した韓国系アメリカ人が、この「マイナーな感情」に満ちた自らの半生を綴(つづ)る。
 本書で一貫して強調されるのは、白人に気に入られるためのアジア系の努力が、結局は報われないということだ。著者自身、いくら白人読者のための文章を書いても、白人の求めるアジア系の紋切り型にしかならなかった。突破口は、敢(あ)えて英語表現を崩し、独自の文体を作ることだった。
 本書は、アジア系の平均的な像を描く試みではない。むしろ、著者は意識的にそのような態度からは距離を取る。多様なアジア系を一括(くく)りにすれば、1992年のロス暴動のように、黒人などの他人種との対立が深まるだけだからだ。人種や民族の独自性を重視するアイデンティティの政治は白人が批判することが多いが、著者は逆の視点からその問題点を突く。
 では、いかにして人種間の連帯を深めるか。その鍵を、著者は歴史の見直しに求める。アジア系の多くは、黒人とは異なり、アメリカに移民する機会を与えられたという負い目を感じてきた。だが、そんな必要はない。著者の両親が韓国から移住したのも、白人が戦争で祖国を分断し、独裁体制を成立させたからだ。著者は、戦時中の強制収容を経て、戦後は公民権運動を支援した日系人活動家を高く評価する。
 本書は、移民の受け入れが進む日本の未来を展望する上でも参考になるに違いない。特定の民族を差別する排外主義にはこれまでも警鐘が鳴らされてきたが、模範的な移民像も当事者には屈辱を与えるのだ。この点を読み誤れば、アイデンティティの政治の炎は、日本でも燃え広がるだろう。
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Cathy Park Hong 米ロサンゼルス生まれ。詩人。カリフォルニア大バークリー校教授。本書で全米批評家協会賞。