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高野秀行さん、スケラッコさんの絵本「世界の納豆をめぐる探検」インタビュー 納豆は身近で奥深いワンダーランド!

『世界の納豆をめぐる探検』(福音館書店)

アジア・アフリカ納豆探検の「完全版」

――月刊「たくさんのふしぎ」(2022年刊行)からこのたび単行本化された『世界の納豆をめぐる探検』は、知られざる「納豆民族」を世界各地に訪ね、7年にわたり探究した絵本。高野さんが絵本を手がけるのははじめてですね。

高野:この絵本は、僕のいわば納豆探求の「完全版」です。『謎のアジア納豆』(新潮文庫)と『幻のアフリカ納豆を追え!』(新潮社)の2冊を経てたどりつきました。日本からミャンマー、ネパール、中国、韓国、アフリカと地理的にもぐるっとつながった1冊になり、しかもスケラッコさんの絵ですから。僕は漫画『大きい犬』愛読者で、もともとファンだったんですよ。だから今回絵を描いてくださる方の候補にスケラッコさんの名前が上がったときは飛びつきました。

――表紙や裏表紙に描かれているのは、高野さんの愛犬「マド」ですね。

高野:本の中にも出てくるんですが、ちょっとびびりで好奇心旺盛なマドの性格がスケラッコさんの絵でよく描かれています。僕の取材に同行したり、僕が世界各地から持ち帰った納豆を食べたりしているので、わが家では「国際納豆犬」と呼んでいます(笑)。

『世界の納豆をめぐる探検』(福音館書店)より

「エルマーのぼうけん」に憧れ、世界各地で「自由研究」

――本書を書くことになったきっかけは?

高野:『幻のアフリカ納豆を追え!』のもとになった「小説新潮」の連載が終わってすぐの頃に、編集者から絵本にしたいという手紙をいただきました。ただ正直いうとそれまで絵本なんて考えたこともなかったんですよ。書けるかなと試しに書いてみたら、書けた(笑)。そういえば難しい言葉使いも苦手だし、僕自身のメンタリティが小学生なので。

――「誰も行かないところへ行き、誰もやらないことをやる」がモットーの高野さんが、小学生ということはないと思うのですが……。

高野:「(日本人が)誰も行かないところ」に行っているのは確かですけど、よくよく考えると、僕の探検というのは裏山の探検の延長です。フィールドワークというより「自由研究」(笑)。それを大人レベル、世界規模でやっているだけ。

 

ミャンマーのシャン州で出来上がった納豆「トナオ」を臼に入れ杵でついてペースト状にする高野さん(右)=写真は高野さん提供

 子どもの頃から、ノンフィクションの冒険・探検より、「エルマーのぼうけん」シリーズ(福音館書店)のようなファンタジーが大好きでした。エルマー少年がリュックに必要な荷物を詰めて出発し、ジャングルを抜けて竜の子どもを救い出す冒険に憧れた、そういう気持ちは今も実は変わってなくて。だから絵本って僕にぴったりでしたよ。

 僕は以前からタイやミャンマーの少数民族、シャンの人たちと交流があり、友達もいっぱいいて、シャン料理はおいしいと思っていました。ただ、どんなふうに作られているかにはそんなに興味を持ってなかったんです。でも2011年からたまたま家庭の事情で主夫になり、料理をするようになったら、食材や調理方法が気になり出して……。

「そういえば、あれってなんだったんだろう?」と思った食べ物の一つが、シャンでよく見かけていた「トナオ」。せんべい状の納豆で、広げて干されたものを見かけたり、食べたりしていました。料理店や友達にちょっと取材してみると、シャンでも場所や人によって風味や作り方が違うようだし、日本の納豆と同じなのか違うのか、調べれば調べるほどどんどんおもしろくなっていきました。 

シャン族の旧友のお母さんに教えてもらいながら、一緒に作った「トナオ」(納豆)料理の数々。野菜やスパイス、ナッツなどを使い手間がかかったものでご飯にとても合う=写真は高野さん提供

匂いを嗅いで味見をすれば……「あっ、納豆!」

――本書を読むとこんなに世界のあちこちに納豆が存在したのかとびっくりします。

高野:今やどんな辺境でも画像や動画を検索できてしまう時代ですが、匂いや味はわからない。納豆みたいなごくありふれた伝統食品はなおさらネット上にも出てこないです。でも実際にそこへ行って匂いを嗅ぎ、味見をすれば……「納豆だ!」と納豆民族ならすぐわかる(笑)。

 現地の人々に納豆作りを見せてもらい、実際に一緒に作ってみる。納豆料理を食べてみる。これは納豆だからできたということもあります。煮たり蒸したりした豆や木の実を、葉っぱで包むか容器に入れて、発酵、熟成させるとだいたい3、4日でできるんですから。

 

アフリカのナイジェリアで、ハウサ族の女性たちと納豆「ダワダワ」をせんべい状に伸ばす=写真は高野さん提供

 おもしろかったのが、アジアでもアフリカでも、納豆の取材だと台所に入っていくことになるので、女性の様子がガラッと変わることでした。「いい、よく見てなさい」と自信たっぷりに豆の煮方や調理方法を教えてくれるんです。よく笑うし話すし、それまでの僕が取材で出会ってきた女性たちは、現地の地域性もあってどこか男性の後ろにいるような感じでしたが、それまで見たことのない素顔と食文化を感じることができました。

納豆のすべてに「へえ~!」と思いながら描く

――絵を担当したスケラッコさんには、どのように依頼があったのでしょうか?

スケラッコ:編集者さんからご連絡いただいたのですが、ノンフィクションの絵本の挿絵は初めてだったのでびっくりしました。でも家に高野さんの本があって、高野さんのことは知っていましたし、「描きます」とすぐ返事したような気がします。

――大変だったところは?

スケラッコ:絵の数が多かったので、間違ったらいけないと、一つひとつ事実確認をしながら描くのはちょっと大変でした。でもそれこそ私は「納豆」というものがあることは知っていたけど、それしか知らなくて、むしろ何も納豆について知らなかったので、読者の方々と同じような気持ちで「へえ~」と感心しながら描けたんだと思います。

『世界の納豆をめぐる探検』(福音館書店)より

――資料を調べて描くこともあったでしょうね。

スケラッコ:高野さんから写真や動画をたくさんいただいたので、それを参考にしながら描くこと自体はそんなに難しくなかったです。アフリカや韓国の女性たちの、洋服の色柄はふだん描かないようなもので描き込みが大変でしたが、にぎやかな雰囲気が描いていて楽しかったですし、学びがありました。こちらも現地の写真があったので忠実に描くことができました。

 苦労したのは「納豆の起源」のページで、日本でいちばん古い納豆の記録といわれる約600年前に書かれた「精進魚類物語」の“資料がない”といわれて。つまり「納豆太郎糸重(なっとうたろういとしげ)」と「鮭大介鰭長(さけのだいすけひれなが)」の対決場面の資料がないということだったんですけど、「ないって、どういうことだろう……」とは思いました(笑)。

日本の納豆の古い記録「精進魚類物語」。『世界の納豆をめぐる探検』(福音館書店)より

編集者:室町時代の文章から、納豆と鮭の両大将の鎧やかぶとの色などは原文に書いてあるんですけど、絵にした資料が一つもなかったんです。納豆太郎糸重がどんなふうに糸を引きながら弓を引いているのかなど、具体的なことがわからないので、古文を読み解いたものと甲冑の資料をお渡しし、スケラッコさんに描いていただきました。

スケラッコ:なので「精進魚類物語」はどう描こうかと悩んで、想像で補ったところはあります。あと中国南部のミャオ族の町並みも、資料写真はあったんですが、実際に描くときはちょっと難しかったです。

中国・湖南省のミャオ族も納豆を食べる。『世界の納豆をめぐる探検』(福音館書店)より

「納豆カレー」に「納豆サラダ」……意外と多様な納豆料理

――中国南部の山岳地帯、ミャンマーの東北部、ネパール東部の農村地帯など、納豆が食べられている地域は、昔ながらの雰囲気が残っていますね。納豆料理というと茶色っぽいものを想像しますが、描くのは難しかったですか。

スケラッコ:意外とバラエティに富んでいて難しくなかったです。もともと食べ物を描くのが好きなのと、食卓を囲む人たちを描くのも好きで。それに「こんな納豆料理があるんだ」「おいしそう。食べてみたいな」と思いながら描けました。

高野:スケラッコさんと納豆料理を食べに行きましたよね。

スケラッコ:そうそう、高野さんに教えていただいて、東京・巣鴨のネパール料理店で納豆カレーと、新宿のミャンマー料理店「ゴールデンバガン」に、シャンの方が作る納豆料理を食べに行きました。納豆サラダも口になじんでおいしかったです。違和感がまったくなく「ああ、おいしい」と自然に思える、優しい味で。家庭料理っぽさがあるからでしょうか。

アジア各地の納豆料理。『世界の納豆をめぐる探検』(福音館書店)より

――納豆を見る目が変わりそうですね。

スケラッコ:この仕事をきっかけに、それまであまり買わなかった、ひきわり納豆が好きになりました。絵本に出てくる朝鮮族の「チョングッチャン(納豆汁)」が、ひきわり納豆と塩にお湯を入れる……というもので簡単にできておいしいんです。高野さんも仰ってましたが、納豆って出汁のような感じでなんでも料理に入れられるんですよ。最近は焼きそばに入れます。ソース系じゃなく塩焼きそば風にして納豆やナンプラーで味付けするんです。炒めるとねばねばがあまりなく、出汁っぽいアクセントが出ます。

納豆は身近でわくわくするワンダーランド

――あらためて絵本制作を振り返って、スケラッコさんはいかがでしたか。

スケラッコ:私はもう20年くらい海外に行ってなくて、高野さんと真逆くらい家にいるのですが、絵を描きながら世界各地の空気を感じつつ「へえ〜!」と思いながら納豆のことをいろいろ知ることができました。描いていてとても楽しかったです。

――高野さんはいかがですか。絵本が完成した今の気持ちを教えてください。

高野:本書は小学生向けに書いたものですが、大人にも知られていない内容が多いと思います。納豆ってあまりにもありふれた身近なものだから、この高度情報化社会の現代において、手つかずのワンダーランドのような領域だったんですよね。僕は約7年もの間、未知なる納豆という世界を探検できて幸せでした。

 大発見にもいくつか触れているんですよ。まずひとつ、日本では納豆菌が強いから醤油や味噌作りのときに納豆菌が混ざらないようにするのは常識ですが、韓国の醤油や味噌にはそもそも納豆菌が入っていること。納豆は「醤(ジャン)類」とされ、調味料のひとつなんです。キムチチゲに納豆を入れると本格的な味になるよといわれて、疑問も持たずそうしていたけれど、韓国の納豆を知ると納得でした。

 もうひとつ、日本では縄文人がツルマメという野生の小さな豆を食べていて、あるときから今の大豆に近いものができるようになったことが研究で明らかになっています。日本の栽培作物の歴史は大豆から始まるといわれますが、本書では、大豆栽培以前に、日本人はツルマメで納豆を作り食べていたのではないか、という仮説を提示しています。山梨県南アルプス市の「ふるさと文化伝承館」の中山誠二先生が研究を進めていますが、もしかしたら、将来、縄文土器の遺物から、納豆の痕跡が発見される日が来るかもしれません。それを考えるとわくわくしますね。

 このように僕は納豆について話し出すと止まらないので(笑)。よかったら納豆好きな人もそうでない人も読んでみてください。