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「マイトガイは死なず」書評 波瀾万丈の人生、まだ終わらず

評者: 横尾忠則 / 朝⽇新聞掲載:2025年01月25日
小林旭回顧録 マイトガイは死なず 著者:小林 旭 出版社:文藝春秋 ジャンル:文学・評論

ISBN: 9784163918952
発売⽇: 2024/11/12
サイズ: 13.8×19.5cm/248p

「マイトガイは死なず」 [著]小林旭

 大抵の人間はただひとつの一元論的な生き方しかできないけれど、この『小林旭回顧録』を語る主人公は、現実と虚構の相対する二元論的世界を難なく当たり前に渡って僕らの世代(二つ違い)を空前絶後の世界に突き落とした。そんな旭がコンサートをするというので飛んで行った。旭と同世代の老若(?)男女が広い会場で、かすれた黄色い声を舞台上で今なお黒髪ふさふさの旭に乱射する。
 往年の裕次郎と人気を二分した、旭の民謡がルーツというあのカン高い「アキラ節」に、現実にしか生きてこなかった客席の人間は、生身の旭がまるで天から降臨した「未知との遭遇」のように、完全に魂をアブダクション(拉致)されてしまっている。
 旭がクセになった僕は、「絶唱」「『渡り鳥』シリーズ」で共演した浅丘ルリ子を迎えたもう一つのコンサートにも行った。彼女との悲恋は今は昔。楽屋で会った彼女にはもうかつての隙間風は吹いていなかった。
 旭のコンサートで語るトークは彼の自伝でもあるが、観客の青春の思い出ともクロスする。旭は「皆さんの思い出を作ってきた責任がある」と言うが、この問題は旭の問題で我々ファンの問題ではない。ファンはむしろこの思い出を永遠化することで人生の心の糧にしているのである。
 裕次郎と人気を二分した空前の映画ブームが去ろうとする時、スターは事業の世界に転向し始め、旭も例外ではなかった。この世界は何やらヤバい実録の世界で旭は危険な塀の上を走ろうとしていた。しかし、この精神的経済的危機的状況を救ったのは、旭夫人の元女優・青山京子の一言だった。そこで旭は自分の本領の俳優と歌手という存在を自覚する。
 しかしその愛妻は旭と何匹かの猫を残して一人旅立った。旭の波瀾万丈(はらんばんじょう)の人生はこれで終わったわけではない。「マイトガイは死なず」。次のステージを期待する。
    ◇
こばやし・あきら 1938年生まれ。俳優・歌手。「渡り鳥」シリーズなど多くの映画に出演。「熱き心に」で日本演歌大賞。