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島村恭則・編「現代民俗学入門」 日常を生きるみんなの学問

 本書は社会や時代の大局を説くものではない。むしろ、周囲を見渡せばいくらも目に入るような、ささやかな人の営みの意味や成り立ちを解説する。本書の魅力は、そのまま民俗学の魅力である。トイレでスリッパを履くのは何故(なぜ)なのか、ママチャリの防寒用カバーを自作することや印鑑に息を吐きかけることにはどのような文化的意味があるのかを本書は考える。こんなことを真剣に考える学問はほかにない。現代の民俗学は民(私たち)の俗なる側面を「史学」する学問であり、身辺卑近な物事こそ重視する日常学なのである。

 図版が豊富で参考書の提示もあり、民俗学への導入として本書は最適だろう。だが、率直に言って、その売れ行きには驚いた。なにが要因なのか。ひとつの理由として、現代は「日常」重視の時代なのかもしれない。生活者としての私たちはいくらでもマクロに世の中を知ることができるが、結局のところ、この生身の身体で、目の前の現実を生きねばならない。考えてみれば、私たちはコロナ禍を経験した。いろいろなものを失(な)くしたが、そこで奪われたものの総称は日常だったといえると思う。

 私たちの文化は、過去に規定されつつ、常に変わっている。考えて「変えた」のなら良いが、外部の都合で「変えられていく」ことも少なくない。その速度もめまぐるしい。また、「変わってきた」ものなら「変えていく」こともできると、かつて柳田國男は述べた(「昔風と當世〈とうせい〉風」)。身近な物事について考えることは、私たちが大切なものを守ったり、手の届く範囲から世の中を変えたりする手がかりをもたらす。本書のいうように、民俗学は「みんなの学問」であらねばならない。そう考えてみると、「日常の時代」の民俗学に人びとを誘う本書が担う使命は大きい。

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 創元社・1980円。24年3月刊。10刷2万6千部。編者の島村氏は関西学院大教授で世界民俗学研究センター長。執筆には中堅・若手の民俗学者が多く参加した。「サブカルファンを中心に幅広い年齢層に読まれている」と担当者。=朝日新聞2025年2月1日掲載