林正義さん「税制と経済学」インタビュー 「きちんと考え」て議論を

とかく税は嫌われる。けっこう難しい話題なのに、SNSでも「負担増」と聞けば盛んに議論が飛び交う。最近の国会でも、所得税がかかる年収の最低ラインに関する「103万円の壁」を巡る与野党の攻防がニュースになった。
税にはさまざまな通説がある。高い所得税は労働者の勤労意欲をそぐ、法人課税は日本の経済成長に悪い影響を与える――。日本財政学会の代表理事や、政府税制調査会の特別委員などを歴任してきた林さんが、経済学の知見を動員してこうした言説を検証していく。「もっともらしい言説に根拠があるのかどうか、見極めることが重要だ」
もともと「103万円の壁」は、主に女性の就労調整の問題。夫の扶養に入る妻がパートで働く際、配偶者控除が適用される収入上限を超えないように、働く時間を抑えることが考えられる。実際に日本の既婚女性の給与収入の分布を調べると、年収100万円の付近で不自然に大きな固まりが見られる。制度が作り出した壁が女性の活躍を阻んでいるという言説が飛び交う。
林さんは配偶者控除や社会保険制度など一つ一つの制度が収入に与える影響を考察し、配偶者控除という制度が「103万円の壁」の原因という見方に疑問を呈す。それではなぜ年収100万円付近の不自然な固まりは生じているのか。理由を考察していく。
税制改革には痛みがつきもの。負担が増える人に政府が必要性を丁寧に説くことが重要だが、それでも万人が納得する制度は難しい。「最終的には政治的な判断によって、学問的に見れば合理的ではない制度が選ばれることもあるだろう。しかし、判断に至る過程で事実と異なる思い込みや根拠のない言説が影響力を持つことは問題ではないか」
林さんは本書を通じて国内外の研究成果を多く引いて丁寧に検証する。しかし、それでも林さん自身のバイアスが存在する可能性も否定しない。「本書で確定的な正解を提示したつもりはない。読んだ人がエビデンス(根拠)を確認しながら『きちんと考える』ことで、税制をめぐる議論が発展することを望みたい」=朝日新聞2025年2月1日掲載