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慎重な思考態度、現代人の清涼薬に「フッサール入門」 上村剛の新書速報

  1. 『フッサール入門』 鈴木崇志著 ちくま新書 1034円
  2. 『平等とは何か』 田中将人著 中公新書 990円

 4月は新たな出会いの季節。自分と他者の関係にかかわる2冊をとりあげる。

 (1)は20世紀を代表する現象学者の入門書。哲学のなかでも現象学は特に難解な印象があるが、著者は可能な限り平易にその魅力を伝える。

 わたしが経験していることは何か。日常的で当たり前の出来事の判断を一時停止して、自分から距離をとって見つめ直す。フッサールの慎重な思考態度は、つい世間に流されがちな現代人の清涼薬になる。そうして思考の探検を続けた先に、他者はどう理解可能か、という問いが現れる。フッサールの他者論を研究する著者ならではの、独自の視点だ。自分の鏡のように他者を理解するのでは不十分。他者は異質さを残し続けるからであり、その異質さをコミュニケーションで捉える重要性が説かれる。

 (2)は社会的な次元で、他者との関係を探究する。不平等はなぜダメか。経済的困窮はもちろん、「弱者」のレッテルを生み出し、自尊心も奪われるからだ。戦後日本の「福祉国家型資本主義」自体、実は悲惨な現状の原因だと厳しく批判される。代わって日本社会の今後のあり方としては、すべての人々の生活の基礎を保障する「財産所有のデモクラシー」がよい。新たな民主制度の導入によって、不当な差別、支配がなく、私たちがみな自尊心をもてる世の中が実現すると著者はいう。これからの日本を思い描く道標として、思考を大いに刺激される一冊だ。=朝日新聞2025年4月12日掲載