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文學界新人賞・しじまむらさきさん 息するように小説を書いてきた。理由はもうわからない。「小説家になりたい人が、なった人に聞いてみた。」#25

しじまむらさきさん=武藤奈緒美撮影

「文學界」に掲載されたしじまさんのプロフィール写真が印象的だった。証明写真のように「義務で撮っています」という感じを受けたのだ。この人には誰かに自分を知ってもらいたい、作品を読んでほしい、そんな気持ちはないようにみえた。だから取材を受けてもらえたのがちょっと意外だった。

 取材当日、文藝春秋の執筆室に現れたしじまさんは美しい黒髪を波打たせ、「授賞式でお目にかかった選考委員の先生が美容院でヘアメイクしていらっしゃると聞き、真似してみました」とはにかんだ。あれ、プロフィール写真は緊張していただけだったのかな……? 

法律事務所を辞めて書いた大長編

「中学生の頃にはもう何か書いていた気がするのですが、初めて応募したのは2005年16歳の時。金原ひとみさんと綿矢りささんの芥川賞受賞の翌年でした。自分も小説家になれる、と思ったのでしょうね。その時書いたのは、高校生の女の子が朝起きたら知らない男の人が家にいてびっくりするけれど、自分以外の家族はみんなその人の存在を知っていて、だんだん自分の実存が危うくなるというお話でした。それが1次選考を通過して、すっかり自分には才能があると思うようになりました」

 その後、執筆はいったんやめて、アルバイトに精を出した。

「高校生、大学生でできるものなら何でもやりました。居酒屋の店員、スーパーの店員、塾講師、携帯電話の検品工場の仕事……。いつか小説のネタになるかもと思ったんです。実際、スーパーでの経験は、今回の『さそり座の火星』の主人公・マコトの描写に活かすことができました」

ここにある本はほとんどが学生時代に買ったもの。「小川洋子さんなど幻想的な小説が好きです。ふだん は図書館のお世話になっていて、どうしても忘れられないシーンがあるものだけ購入します」(本人提供)

 2013年、24歳のときに長編を書き始めた。

「ある女の子の13歳から30代までを描いた大長編です。大学卒業後、法律事務所の正所員として働いていたのですが執筆に集中したくて辞め、貯えを切り崩しながら家に引きこもって書いていました」

 さらっとすごいことを言う。そんなにもなぜ書きたかったんですか?

「うーん、それは『生きてるってなんですか』って聞かれたのと同じくらい難しい質問です。夢の続きのようにいつも頭にその物語があってそれを書き留めるほかない、という感じなんです」

 完成したのは2017年のこと。改稿を経て2019年に枚数無制限の賞に応募したけれど、箸にも棒にもかからなかった。6年かけた作品が落選。さぞ落ち込んだのでは……。

「それがぜんぜん。すぐ次の長編を書き始めました。本当に小説しかやりたいことがないので、できれば労働に時間を使わず、これでお金を得られるようになった方がいいよなと考えて、2019年頃から規定枚数を意識した中編も並行して書き、純文学の賞に応募するようになりました」

 そうこうするうちに貯えも尽き、生活のために派遣社員で働くようになった。

「もう一度、働いてみてわかったんですが、無職のときとお勤めがあるときと、書く量はそんなに変わらない。波はあれど、私の執筆量には上限があるようです」

今回の取材は文藝春秋の執筆室で行われた。家ではフリマアプリなどでゲットした中古のモニターを並べ、YouTubeを流しながら書いているそう。「ひよこがピヨピヨ鳴いているような環境音的な動画が好きです」=武藤奈緒美撮影

作風をがらりと変えて最終候補に

 いい結果が出るようになったのは2024年に入ってから。これまでほぼ1次も通らなかったのが、突然文藝賞の最終候補になった。

「文藝賞に出したのは、今まで書いたものとはまったく毛色が違うもの。自分の中の面白さを全部出すつもりで、コミカルなお話を書きました。動く場面をすべて序盤に持ってきたり、情景描写もなるべくセリフに任せて、とにかく読みやすく、飽きずに最後まで読んでもらえるようにと心掛けました」

 結局その作品は受賞ならず。しじまさんはすぐに切り替え、翌月に締め切りが迫っていた文學界新人賞に向けて「さそり座の火星」を書いた。コミカルに振り切って最終候補に残ったのなら、次もこの路線で、となりそうなものだけど……。

「いえ、結局受賞できなかったってことはあれじゃダメってことですから。『さそり座の火星』を書いているときはまだ文藝賞の選評は出てなかったのですが、自分なりに分析しました。よく新人賞は新奇性を求められると言いますが、同時に馴染みのあるものでないとダメなんだと思ったんです。〝こういう経験したことある″みたいな中に新しさがある。そういう作品を目指しました」

文學界新人賞の正賞としてもらった万年筆。「ここに名前が刻印されているんですね。今気づきました」=武藤奈緒美撮影

LGBTQが主題ではない

「さそり座の火星」は、母親から女性として育てられた高校生・ルルナ(身体は男性)と、実習助手・マコトの物語。マコトにも、父親の不在時に繰り広げられる〝おかあさまとママ″の不倫を見ながら育った過去がある。選評では性的マイノリティ―の描き方について様々な意見があった。

「自分としてはこの小説のテーマはLGBTQではないんです。マコトとルルナの会話も概ね〝親に協力を要請できるか″とか〝どんな服装で就活に挑むか″というところに終始していて、セクシュアリティには全く触れません。ルルナにとって、今一番切実な、さしあたっての問題はそこじゃないんですよね。高校生って親がダメと言えばそれに従うしかない。じゃあルルナのような子はどうやって自分の望む進路を掴めばいいのか。小説の中で解決するか、解決できないとしたらなぜ解決できないのかを明らかにしようと思ったんです」

 書いていて悩んだところは。

「やっぱり解決策がないところですね。私は派遣で数社の人事採用に携わるうち、新卒にも触れたことがあるので知っていますが、たとえ大卒であっても就職時には身元保証人として親の承諾がいる。進学せずに工場で働こうとしているルルナなら、なおさらです。教師側も親の意向を無視して事を進めることはできないし、子どもの意見だけ尊重すればいい、というのも違う。作中の学校では、進学率を上げたいという思惑もある。さらにそこに教師の働き方改革も関わってくる。生徒を助けたくてもどこかで線引きをしなければ教師側が潰れてしまう」

 しじまさんは自身で用意した資料を見ながら、制度を適切に運用する難しさ、個人の自由・未成年の判断能力・親の権限の衝突、激務を極める教師の労働問題と、その裏で犠牲にされがちな子どもや非正規について、熱く語った。それが学校と個人の思いとの間でルルナをなんとか助けようとしていたマコトの姿に重なる。この人は、小説の中の人間をすごく愛しているのだ。

誰にも認められなくても

 受賞は周りの人に知らせましたか。お友だちとか、家族とか。

「友だちはいません。家族とは何年も連絡をとっていません」

 でも、しじまさんの小説を読むと、ちゃんとユーモアがあって、人間へのあたたかな眼差しも感じるのですが……。

「小説の登場人物をちゃんと人間として描きたいと思っていて、きっと人に対して興味はあるはずなんですが、現実世界の個々人に引き寄せられるということはあまりないです」

 いつもの私だったら、お節介にも「きっとこの受賞で小説界のお友だちがたくさんできますね」なんて言ってしまうところだ。だけど、しじまさんの作品を読んで、その話を聞いて、納得してしまった。しじまさんはただ小説を書き続けられればそれでいいのだ。愛は小説の中にちゃんとある。

 今後の予定は。

「できれば専業で、ずっと小説を書いて生きていきたいです。受賞を機に個人のホームページも作ったんですよ。今も書き続けている長編がありますし、常に2、3作書きかけているものがあります」

 しじまさんはプロットを立てず、いつも思い浮かんだことをいきなりWordに書き出すそうだ。そのうちに別の物語も思い浮かび、数行開けてそれをメモする。そうやって後ろにどんどんメモがたまっていくと、ひとつの小説が終わった時にはそのメモから別の知らない物語がもう立ち上がっているのだという。

 きっと、しじまさんは受賞しなくても書き続けたでしょうね。

「そうですね。私、小説を書く分には延々と続けられるんです」 

 このひとを名づけるならば、「純粋小説家」だと思った。

 

 【次号予告】次回は、第68回群像新人文学賞を「鳥の夢の場合」で受賞した駒田隼也さんが登場予定。