ISBN: 9784560091661
発売⽇: 2025/04/24
サイズ: 18.8×2cm/250p
「民主主義」 [著]ナオミ・ザック
民主主義の危機が叫ばれて久しい。2021年の米連邦議会襲撃事件、欧州各国でのポピュリズムの跋扈(ばっこ)、民意を動かす情報の奔流……。だが、危機だと連呼するだけではもうダメなのだろう。民主主義の長い歴史の中で私たちは今どこにいるのか、正確に把握しておかねばならない。さもないと、好転のきっかけさえ摑(つか)めなくなってしまうかもしれない。まさに本書はそのような問題意識に応えてくれる一冊だ。
著者によれば、現代の民主的な政府は、自由選挙、表現や信仰の自由を保障している。だが、民主主義は絶えず変化するもので、常に劣化の余地があるという。この問題関心から、古代を起点に現代までの民主主義の性質・限界・領野の拡大を時系列で論じる。
古代のアテネ民主政やローマ共和政は奴隷制と矛盾しなかった。むしろその先進性のほうが重視されてきた。それに比して中世の民主政はあまり着目されなかった。しかし本書は、中世とルネサンスに、民主政を進展させるのに十分な構想と実践が存在したことを認める。キケロに端を発する市民と政府との間の契約は、中世を経て、政府の「説明責任」という政治慣行へ発展した。
特筆すべき叙述は続く。前近代の北欧や中東に存在した民主政にも言及し、西欧中心主義を回避。アメリカ革命やフランス革命に関しては、白人中心性や男性中心性という限界を指摘。そう、20世紀後半に至るまで民主主義は、奴隷解放、女性参政権、労働者・移民の権利など、その領野を少しずつ広げ、危機に対応してきたのだ。
それでも民主主義は今、再び危機を迎えている。本書が明示したように、古来、危機に直面した先人は各時代の民主主義の限界を克服すべく、不断の包摂を試みた。では、民主主義が及ぶ範囲の拡張に伴って生じた諸問題に、先人はどう取り組んだのだろう。現在の危機に際して、先人の実践を参考にしたい。
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Naomi Zack 1944年、米ニューヨーク生まれ。同市立大教授。専門は批判的人種理論。著書に『災害の倫理』など。