「聖地」という言葉が、皇室ゆかりの神社や天皇陵などに使われるようになったのは、主に昭和になってからだという。言葉の広がりを参拝や旅行との関係から解き明かそうというのが『戦前日本の「聖地」ツーリズム キリスト・日蓮・皇室』(平山昇著、NHKブックス、1980円)だ。
明治神宮創建運動に関わった実業家・渋沢栄一などが登場するが、本書の主役は在野の仏教者・田中智学(ちがく)だろう。智学は「キリスト教のニオイ」のする「聖地」を、まず日蓮ゆかりの地に使い、皇室ゆかりの神社へと広げ、「五大聖地」(伊勢神宮や橿原神宮・畝傍御陵、桃山御陵、日蓮の誓願の井戸、法隆寺)の巡拝旅行まで企画した。鉄道網の形成や修学旅行の広がりと結びついた。
聖地体験は「清々(すがすが)しい」「荘厳」といった気分を他者と共有する「楽しみ」へと発展した半面、昭和の戦前・戦中という時代の中で「皇室ナショナリズムへの同調圧力をどこまでも強めていかざるをえなかった」という側面も、筆者はしっかりと追跡している。 (山盛英司)=朝日新聞2025年8月2日掲載