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一穂ミチの日々漫画・夏のホラー特集 ぞくりとさせる怪しい世界を楽しむ3作

不穏な伏線がちりばめられた「こわいやさん」

©カメントツ/集英社

 漫画が好きだ。そしてホラーも好きだ。折しも季節は夏、ささやかにでも涼を納めるべく、おすすめのホラー漫画を3作ご紹介したい。
 まず、8月4日に第1巻が出たてほやほやの「こわいやさん」(カメントツ、集英社)。
 かわいい「どうぶつ」たちが暮らす「どうぶつ村」に引っ越してきたかえるくんが、「こわいやさん」というふしぎな店を訪ねるところから始まる。「こわい箱」を開けると、中から怖い話が現れる。
 メルヘンチックな世界観なのに、そこで語られる怪異は非常に現代的で、そのギャップがまずおもしろい。
 タクシーが幽霊を乗せ、誰もいない後部座席が濡れていた……という定番のタクシー怪談に科学的アプローチを試みた結末など、ぞくりとするオチもちゃんと用意されている。「世にも奇妙な物語」的なオムニバスなのかな? と思いきや、読み進めていくと「どうぶつ村」の世界観そのものに「あれ……?」と違和感を覚え始める。
「こわいやさん」とは何者なのか。かえるくんも何やら闇が深そうだし、そもそも「どうぶつ」ってカギ括弧表記なのはなぜ?
 不穏な伏線がちりばめられているようなので、二度、三度と読み返し「ぞくり」を上書きして涼を取ってくださいませ。

建築がらみの怪異を鮮やかに解決する「ある設計士の忌録」

©鯛夢/朝日新聞出版

 お次はイケオジ(きっと)が無双する「ある設計士の忌録①〜⑧」(鯛夢、朝日新聞出版)を。
 工務店を営む「私」が遭遇する建築がらみの怪異を、設計士の「先生」が鮮やかに解決してみせる。法外なギャラを吹っかけるが設計の腕もオカルト対処も超一流……そんな建築界のブラックジャックみたいな人は、どうやら実在するらしい。作者の鯛夢が、「工務店さん」に聞いた話を漫画にしているのだという。先生の守備範囲は幽霊、まじない、祟り、因習から神仏まで多岐にわたり、「こんなことが現実に?」と目を剥くようなエピソードもしばしば。この工務店さんにリフォームを依頼したいなあ。それで、とんでもない呪物とか見つかって先生がきてくれないかなあ。お金払えなくて門前払いされるだろうけど。
 ホラーやオカルトにおいて虚実を云々するのはナンセンスだ。人の恐怖心につけ込んでお金を巻き上げるような商売は言語道断だが、コンテンツとしてのホラーは「本当だったらおもしろい、おそろしい」のスタンスで味わうもの。
 世界は割り切れるものだけでできていない。自分に見えている現実や日常の裂け目から覗き込んでくる「何か」の眼差しを想像するエンターテインメントとして楽しんでいただきたい。

実話怪談好きほどはまる異質な手触り「禍話 SNSで伝播する令和怪談」

©かぁなっき、大家/KADOKAWA

 最後は「禍話 SNSで伝播する令和怪談①〜②」(大家、かぁなっき、KADOKAWA)で締めましょうか。
 かぁなっきがネットラジオで語る禍々しいトーク「禍話」のコミカライズ。「禍話」には熱心なファンも多く、noteなどでリライトを発表しているユーザーも。
 ホラー、特に実話怪談が好きな人ほど「禍話」の何とも言えず異質な手触りにハマってしまうのだと思う。話から受けるおぞましさや気持ち悪さが際立っていて、本当に「禍々しい」という表現がしっくりくる。突拍子もないようでいて、ある日突然、自分の身の上にもこんな忌まわしい出来事が降りかかってくるのでは? と肌に張り付いてくる現実感。時には理由も原因もなく、なす術もなく。
 数ある「禍話」の中でも選りすぐりの「禍」を集めた本作は、わたしに遠い日の記憶を呼び起こさせた。日野日出志の『妖女ダーラ』を親に買ってもらったものの、怖すぎて本棚の背表紙すら直視できず、こっそり古紙回収に紛れ込ませたメモリー……。日野先生、本当に申し訳ありませんでした。
 ホラーはエンターテインメント、と書いたインクも乾かぬうちに恐縮だが、『禍話』に関しては「楽しい」より「怖い」が勝つ。1巻に収録されている「扇風機の家」なんか、読んだのを後悔するレベル。この世にこんな話が転がっているなんて、知りたくなかった。
 いや、これじゃマイナスマーケティングになるか。でもそうなんです。
 わたし、忠告しましたからね。
 怖いもの見たさには自己責任が伴うって、肝に銘じてくださいね。

    ◇

 ところで、わたし自身は「幽霊と思しき存在」をはっきり目撃したことはない。でも、いずれ目にするかもしれない。いつだったか、母が心霊モノ大好きな娘に向かってあっけらかんとこう言った。
「なんやあんた、幽霊見たいんか? ほな、お母さん死んだら出てあげるわな」
 いやどういう親心? 迷惑、と思ったが、「お、おう」と煮え切らない返事をしてしまった。母もだいぶ年を取り、まあ長生きしてくれるに越したことはないが、いざとなったら家族に気兼ねせず、自分のタイミングで離陸するのがいちばんだと思う。いつかの約束が日に日に現実味を帯びてくる。お母さん、どうかお構いなく。枕元で「あんたはまたこんなに部屋散らかして!」とブチ切れられる予感しかしない。