「又吉さんがすごい量のお題を考えてきた」
――前作のコラボ本『その本は』では、本を読むことのできなくなった王様に対し、「世界じゅうの珍しい本の話」をおふたりが代わりばんこで話しかける構成でした。今回の構成は、さらに難易度が増していますね。
ヨシタケ 「その本は、〇〇〇が〇〇〇でした。これってどんな本でした?」という、村人から寄せられる問いかけに対し、2人がそのヒントをもとに「その本は、こんな内容の本でした」と答えるかたちで本を「復元」していきます。前作の『その本は』が思いのほか多くの皆さんに読んでいただけて、続編を前作と同じルールでやることもできたけれども、「今回ちょっと趣向を変えたほうがいいですよね」って。お互いにお題を出し合って、「こういうタイトルの本だったらどんな話だと思う?」「最後の一文がこんなでした。これって、どんな本でした?」といったように、お題を出し合って、その中から、お互いが選んでお話をつくっていく形になりました。
又吉 最初にその構成案を聞いたとき、お題を出し合ってそれに応えるのはすごく面白そうだと思いました。本のプロローグとエピローグのお話は、最初にヨシタケさんが考えてくださったんですよ。それを見て、僕は「もうほぼ完成したな」と思えたんです。すごく好きな設定ですね。
ヨシタケ 『その本は』の時は、できるまで時間がかかったんですね。今回も、「お題を出し合う」ってことは決まったけれども、お互いに出すお題の「間口の拡げ方のルール」をある程度決めておかないと、とっ散らかってしまう気がして心配だった。最初に又吉さんがお題を考えて始めてくれているとき、プロローグとエピローグの設定をやんわりと考えて、共有したんです。又吉さんがすごい量のお題を考えてきたので、「やばい!」と思って(笑)。僕も、いろいろ考えたんですけど、数では又吉さんにかなわなかった。質と量ともにたくさん出されるので、なんかもう、それで怖気づきました(笑)。
又吉 数を出すのが好きというか、習慣づいている部分があるんです。それも楽しい作業でしたけど、ヨシタケさんにお題を渡すとき、できるだけ楽しく描いていただきたいな、って思いがあったので、バリエーション多めで提出したんです。
「一人ではできないものをつくることに意味がある」
本の復元依頼シート 整理番号9
その本は、書き出しが、
天動説も地動説も間違いだった。
動いていたのは、天でも地でもなかったのだ。
でした。これって、どんな本でした?ヨシタケシンスケさん×又吉直樹さん『本でした』(ポプラ社)より
本の復元依頼シート 整理番号18
その本は、当時の読者の割合が、
看護師になる人の10%、
力士になった人の95%
でした。これって、どんな本でした?
ヨシタケシンスケさん×又吉直樹さん『本でした』(ポプラ社)より
――「村人からの本の復元依頼」という設定にして、お互いの出したお題を手がかりに、「お客さまへ。その本は、こんな内容の本でした。」と答えるところからそれぞれのストーリーが始まっていきますね。
ヨシタケ 「こういうタイトルだったらどんな本?」。書き出しの一文がこうだった、最後の一文はこうだった、その他にもいくつかテーマでお題を出し合うんですけど、何にお話をつけるか、各自が勝手に選べるようにしたんですね。そうすると、わりと又吉さんは、タイトルや最初の一文から物語をつくることが多く、僕は逆に最後の一文から物語をつくることが多かった。普段のお話のつくり方も、僕、わりとラストに向けてどうするか、みたいな考え方をすることが多いけれど、又吉さんは逆に、コントみたいにテーマだけ決めて、それをどう転がすか、みたいな。アプローチの仕方に2人の差が出て、それもすごく面白かった。
又吉 僕自身の感覚では、最後のオチや文末の決まっているものをつくるほうが難しく感じるんです。なので、ほぼタイトルと書き出しの決まっているお題で書いちゃいましたね。
ヨシタケ 「どのお題に答えたくなるか」で2人の差が出たんです。そこも「へえ」って思いました。自分では普段選ばないようなお題の物語がつくられて返ってきて、すごく新鮮な作業で楽しかったですね。主人公に「力士」や「看護師」が出てくるとかって、自分では絶対たどり着かない(笑)。
――毎回、ラリーでお題を出し合うというよりは、まとめてお題を出し合って、作業に没頭されたのですか。
ヨシタケ 宿題みたいに「じゃあ、何日までにお題を出してください」。お題がある程度たまった時点で、「1カ月後までに、10本ぐらいお話を考えてください」。その都度びっくりしました。
又吉 お互いのお題を持ち寄って、それぞれ選んでいくんですが、僕は最後、数を揃えると思っていたんです。だからもっと捨てることになると思っていたんですけど、ヨシタケさんが「アンバランスのまま残しておいた方が面白いんじゃないか」って。だから僕のお題の量が多いんです。自分では(本をつくる際)、たぶんそういう選択をしない。2人の話の数を均等にしそうなところを、そのままのバランスで残している。すごいリアリティーがあって、いびつですよね。
ヨシタケ そうそう。2人の人間が共著で1冊の本をつくるとき、一人の人間ではできないものをつくることに意味があるはずだと思って。「2人でつくるだけでも、これだけ差が出るんだよ」ってことが、本の面白さにつながってくれると良いなと思ったんですよね。「あ、こういう違いがあるんだ!」って。これをもっと大きな人数でやったら、どれだけ差が出るんだろうって。
又吉 そうそう。
ヨシタケ そのこと自体が、創作というものの懐の深さの表現にもなるかなと思ったんです。出した答えだけでも差がこんなにある。たくさん出せる人もいるし、出せない人もいる。そんなところも含めて、面白さになるといいなと思ったんです。
創作の根っこにある「たまたま感」
――お題を考える上では、相手のことを想像しましたか。
又吉 ヨシタケさんの場合は、僕が想定したとしても、また全然違う角度で描かれることがわかっているので。「パスを出す」というよりは、あらゆる状況をつくって、「どれを選んでもらえるんやろう?」みたいな楽しみ方でした。「これを渡したらこうしてくれますよね?」っていう感じではなかったですね。
ヨシタケ 何を投げても必ず打ち返せることはわかっていたので、むしろ「自分だったらこんなのを投げられたらイヤだなぁ」っていうのを相手に投げてもいいわけで(笑)。そこはすごく贅沢なことでした。どれを選ばれるかわからない楽しさもあるし、「これは絶対選ばれないだろうな」ってものを選んでくれる。そんなやり取りは贅沢で楽しかったですね。「こうしてほしい」「ああしてほしい」とは僕は思わなかったし、思う必要もなかった。
又吉 今、思ったんですけど、唯一、僕の場合、絵が描けないので、「絵を描くのって大変なんだろうな」って思うんですよ。文章のお題だけでなく、ヨシタケさんの場合、絵のお題もあって。1個、なんか関係図みたいなお題があって、これ……。
本の復元依頼シート 整理番号19
その本は、人物相関図が、
(11人の「人物相関図」イラスト)
でした。これって、どんな本でした?ヨシタケシンスケさん×又吉直樹さん『本でした』(ポプラ社)より
又吉 これ(相関図)、「つくるの大変やったやろな」と思って。「これは答えなあかんな」と思いました(笑)。
ヨシタケ あははは(笑)。
又吉 これをボツにするっていうのは、ないなと思って。
ヨシタケ 人物相関図ですね。そうか、一生懸命「書かなきゃ」と思ってくれたんだ。そうかそうか。僕自身は、いつもやっている感じで組み立てていった感はありましたが、看護師と力士が出てくるやつのように、普段出てこない人たち、普段自分が使わないようなセリフ、展開をしていかざるを得なくなっていく感じもあって楽しかったですね。自分のお話でもないし、又吉さんの話でもない。新しいものができていく感覚。
又吉 僕も一緒なんですけど、この人物相関図だけは(笑)、「どういうことやろう」と思って。「ここと、ここが!」とか、何回も読み返して、「あっ、こいつは家族ちゃうんか!」とか、そういうのやっていたような気がしますね。
ヨシタケ ああ、それ大変だよなあ。
又吉 つじつまが合っているかどうかもまだ自信がないんですけど。楽しかったです。
ヨシタケ ひどいことしたなぁ、そう考えたら(笑)。意地悪な問題ですよね。
又吉 でも面白かったですね。それと、1回書いたけど書き直したやつもあります。書いたけど、ちょっとおいて読み返したら、ちょっとつじつまが合ってないと思って、もう一回、別の話にしたり。そういうのもやりました。
ヨシタケ 別の日にやったら別のお話になったでしょうし、そういう偶然的なものっていうのも、創作のひとつの大事な側面。「たまたまその日、そういう気分だったんだよ」。それがひょっとしたら、その場でゲラゲラ笑って終わっちゃうこともあれば、その時の思いつきが、100年、200年残る何かにつながったりすることもある。創作の根っこにある「たまたま感」の面白さが、みずみずしい形で記録として残ってくれたら、この本は一つの成功なんだろうな、と思います。