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「エレベーターのボタンを全部押さないでください」書評 心地よいユーモア含んだ自然体の文章

評者: 野矢茂樹 / 朝⽇新聞掲載:2025年08月16日
エレベーターのボタンを全部押さないでください 著者:川内 有緒 出版社:ホーム社 ジャンル:日本のエッセー・随筆

ISBN: 9784834254013
発売⽇: 2025/06/26
サイズ: 13.1×18.8cm/256p

「エレベーターのボタンを全部押さないでください」 [著]川内有緒

 ノンフィクションで活躍している川内有緒の初のエッセイ集。五十一編のエッセイから成る。表題作についてだけ簡単に紹介してみよう。事件は著者が中学生のときに起こった。妹の小学校の担任が型破りな人で、その人が著者の親たちと飲んで、酔っ払って著者のマンションに来た。で、彼が九階で降りるときにイタズラ心ですべての階のボタンを押した。階下にはヤクザの事務所が入居していて、そこの二人がエレベーターを待っていた。ところが急いでいるのに各駅停車で降りてくる。怒り心頭に発したヤクザたちは怒鳴り込んできた。(急いでいたんじゃないのか?)さあ、どうなる。
 話の内容もさることながら、特筆すべきは文章で、これみよがしなところのない、どことなくユーモアを含んだ自然体の文章が読んでいて心地よい。にもかかわらず、語られるのは「あるかもしれないが、ないよなあ」といういささか不自然体な話。一見すると何げない人が、話してみたらけっこう変な人だったという、ズレの感覚に満ちている。