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寺地はるなさん「リボンちゃん」インタビュー デビュー10年「今、いちばん楽しく小説を書けています」

寺地はるなさん=篠塚ようこ撮影

思い込みをゼロにできないからこそ

――『リボンちゃん』は、テーラー城崎に寄せられた下着のオーダーに、店主の加代子さんとその姪っ子の百花が応える物語です。着想はどこから。

 編集部から「オーダーメイドの下着のお店の話はどうですか。下着に興味ありますか?」と聞かれ、「ないですね」って答えたんです。私の場合、自分が興味のないもののほうが小説の題材としてはいい。それで、やってみよう、と。

 これまで下着に興味がなかったのは、「魅せるための綺麗なもの」というイメージだったから。ですが、あらためていろいろ調べてみると、心地よさを追求したものもあれば、気持ちが上がるものもあって、とっても多様で自由なものだということがわかったんです。これまでの思い込みが取っ払われました。このモチーフと出会えてよかったです。

――最初のお客さんとしてやってきたのが、精肉店の保奈美さん。結婚で名前が「久保保奈美」となった彼女に対して、「『そんなのって嫌だな』と思ったけれども、久保保奈美さんがどう思っているかは不明なので、口に出しはしなかった」という百花の描写があります。ここに限らず全編にわたって、百花は自分の見方だけで人を決めつけないように気をつけていますね。

 私もそうありたいなと思っています。思い込みや偏見ってどうしてもゼロにすることはできないと思うんです。それはもうあるものだから、向き合っていきたいなと思うし、不用意にぶつけたくないな、とも思います。

――それは、なにか決めつけられて嫌な思いをされたことがあるのですか。

 嫌だったこともあるし、逆に人に嫌なことを言ってしまったなということも、両方あります。それでも「あなた、過去にそう言ってたじゃん」と投げ出すんじゃなくて、「これからは言わないようにしよう」と変わっていけばいいんだ、と思っています。

――この小説のなかでも、保奈美さんがリボンちゃんに対して失言をして、「今のは失礼だったね」ってちゃんと謝るんですよね。それに対してリボンちゃんは、わたしだったらずっと年下の相手にたいして同じように謝れるだろうか、と自問する。寺地さんの小説はいつも根底に「間違ってもまた取り返せばいい」という考えがある気がします。

 そうですね。間違ってはいけないとか、間違ったら終わりっていうのはちょっとキツイです。私もすごく間違えやすい人間なので。今っていろんな価値観が問い直される時代。みんながみんな、変化の途上にあるわけだから、過去に間違っていたとしても、それで終わりってことではないと思っています。

ラクに生きることは悪いこと?

――2人目のお客さんは、百花の同僚のえみちゃん。周りから浮かずに生きることが彼女にとってはラクで、「誰もが自分らしく生きたいわけじゃないんですよ」というセリフがあるんですが、こちらにもハッとしました。「個性を発揮して生きるべき」というこれまで〈良い価値観〉とされてきた主張にも、あえてクエスチョンをつけているのはなぜでしょうか。

 オーダーメイドを題材にすると、自分らしさや個性、好きなものがはっきりしているのがいいこと、というふうになりがち。でも、誰もが自分らしく個性を主張して生きたいわけじゃないと思ったんですよね。私の作品を読んだ人が、自分が間違っているように感じるっていうのはとても嫌なこと。小説は「これが正解だよ」っていうメッセージになってはいけないといつも思っています。

――いろいろなことに目を配れるリボンちゃんですが、後半、中学1年生の波瑠ちゃんの言葉で自分にも決めつけがあったことに気づきます。

 そこでもう一度〈誰もが自分らしく生きたいわけではない問題〉にぶち当たるんですよね。このシーンではわが身も振り返りました。私は人が当たり前にできることをできない人間なので、みんなと同じぐらいに同じことができるっていうのはものすごい才能だと思っていたんです。けれど、それを「自分らしさがない」とコンプレックスに感じる人もいるんだ、ということを最近知りまして。

――たしかに今は「個性出していこうぜ」っていうムードがありますよね。自分らしさを出せないひとは「つまらない人」と思われてしまうし、自分でも自分のことをそう思ってしまう。

 でも、自分のこと「ふつう」って思っている人も、どこか変ですよね。私から見てすごく面白い人が「自分には何にもない」と嘆いていることがあって、そんなことないのになって思うんですけど、そこで私が「もっと自分らしさ出していこうぜ」と強制するのもちがう。えみちゃんのように、みんなと同じことをするのがラクなら、それでいいと思います。なぜか「ラクをしちゃいけない」っていう風潮があるじゃないですか。それでは成長できない、あえて苦しい道を選ばなきゃ、みたいな。でもラクって全然悪いことじゃないですよね。

――確かに。テーラー城崎の2人が作る下着って、どれもお客さんにとっての「ラク」が詰まった下着なんですね。

もっと軽率に始めたりやめたりしよう

――加代子さんが先代の義父からスーツの仕立てに関わるのを禁じられたように、エリートであることを父から期待されているえみちゃんや、自由な兄に代わって家業を継ぐ福田くんなど、家族からの圧も描かれています。

 子育てするなかで感じることなんですが、今って、小・中学生くらいの早い段階で、自分の天職なり生きる道なり、目標を見つけて、そこに向かってまっすぐ生きていくのが求められている気がします。でも、途中で変わることって全然あると思うんですね。私はそれでいいと思っています。軽率にいろんなことを始めて、違うと思ったら新しい他のことを探してやってみる。将来の明確なヴィジョンがなくても「やってみたい!」っていう気持ちひとつで、いろんなことを始められる世の中のほうがいい。いち大人として、そういう世界を作るひとつの助けになれたらいいな、と思い、『リボンちゃん』も〈自分の生きる道を見つける〉というラストにはしませんでした。

――そんな思いが込められていたんですね。家族からの圧っていうのもポイントですよね。そこに期待や愛も込められているから、裏切りにくい。ご自身も子育てされるなかで、これは「圧」かな、「愛」かな、って迷うことはありますか。

 少し前の話ですが、子どもが自分でやるって言いだした習い事を「休みたい」って言った時に、「あなたがやりたいって言ったんじゃない」って返しそうになって、なんとか踏みとどまりました(笑)。自分がやりたいと思ったことだからこそ、自分で休むとか辞めるとかを決めていいはずだよなって。

――わあ~、踏みとどまった寺地さん、えらい! でも思わず言いたくなっちゃいますよね。

 そうそう。「せっかく5年も続けたのに」とか「今やめたらこれまでが無駄になる」とか思ってしまう。でも、本当は無駄にはならないんですよね。ここで子どもを責めたり、無理に続けさせたりすると、たぶん何かをやってみたいと気軽に言い出せなくなるかもと思って、ぐっと耐えました。

自分の誕生日に「未知」を贈る

――2015年に『ビオレタ』でデビューして、今年デビュー10周年ですが、これまでにスランプはありましたか。

 まったく書けないということは一度もなかったのですが、書けたけど面白くないっていう時期が定期的にやってきます。

――そういう時は、どうやって乗り越えてきたんですか。

 面白いと思うまで書きます。同じ話を何度も書き直すこともありますし、全然別の新しいものを書くときもあります。私、小説っていうものがやればやるほどわからなくなってきて。ただ、10年で今がいちばん楽しいんです。売れなきゃ、評価されなきゃ、ウケなきゃ、みたいなのがどうでもよくなってきた。それらがゼロではないんですけど、今のいちばんの気持ちは「自分が面白いって思う小説を書きたい」。だから楽しいんだと思います。

――そこに立ち返れたのは、なにかきっかけがあったのでしょうか。

 今までは毎日書かなきゃいけないと思っていたんです。1日10枚は書くって決めていて、こうやって取材で出かけるようなときも、新幹線のなかで書いていました。でも、去年の8月に、子どもが夏休みだったのもあって、1行も書かなかったんですよ。それでもその後に書けなくなるってことはなかったし、むしろ、もっと書きたい気持ちが増えた。これは大きな発見でした。今では3日間全然書かないこともあります。

 その余白で、今までやったことがないことをしたり、行ったことがない場所に行ったりしています。それまでも、誕生日が来るごとに未知の経験にトライしていたんです。大人になるとそういう機会がどんどん減って、自分の住む世界がちいちゃくなるような気がして。2023年には通信制大学に入学したんですよ。今も聴講しています。

――すてきですね! どんなことを学ばれているのですか。

 幅広くいろんな授業があって、自由に選べるのですが、1年目は心理学、2年目は日本語教師養成課程、3年目は看護系の授業を選びました。『リボンちゃん』の中でえみちゃんが「自然淘汰はたまたま。優れているから生き残ったわけじゃない」という話をするのですが、それはここの授業で知ったことです。

――小説を書いていてよかったと思うことは。

 以前はちょっと合わない人に会うと、イヤだなって思うばかりだったのですが、今は、何がどうイヤなのかがすごく気になるようになりました。他人に対してイヤって思うより興味深いなって思うことが増えましたし。イヤなことがあっても、これは30枚ぐらい書けるなって思います(笑)。

――最後に、この本をどんなふうに受け取ってほしいですか。

 自由に読んでほしいです。下着が自由であるように、本の受け取り方も自由。「感銘を受けました」と言ってくださることはとてもありがたいんですけど、たぶんそういうふうに感じたことって、もともとその人の中にあったんだと思うんですよ。だからそれはもう、この本のおかげとかじゃなくて、自信を持ってほしいなと思います。

インタビューを音声でも!

 好書好日編集部がお送りするポッドキャスト「本好きの昼休み」で、寺地はるなさんのインタビューを音声でお聴きいただけます。※後編は9月4日に公開予定です。

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