ISBN: 9784760156320
発売⽇: 2025/06/26
サイズ: 19.5×2.7cm/352p
「君たちの記念碑はどこにある?」 [著]中村達
歴史とは、家族とは、人間とはどういうものか。私たちの日常を支えるそれらの思考が、西洋近代の枠組みにとらわれているとすれば、そこからこぼれ落ちた存在が発する声は、私たちに何を教えてくれるだろうか。
その問いに導かれた本書は、20世紀以降の英語・フランス語・スペイン語の書き手により、かつては奴隷労働に支えられた植民地だったカリブ海で練り上げられてきた思想、そしてそれと絡み合って書かれてきた文学のダイナミックな姿を鮮やかに描き出す。
1492年の新大陸「発見」が西洋にもたらした人間観の転回から、1983年に米軍の侵攻によって潰(つい)えたグレナダ革命まで、そして共同体の「始まり」の思想から、集合的な記憶を刻み込む音楽や文学、歴史的記憶におけるジェンダー間の不均衡まで、本書の切り口は実に多彩だ。そこからは、作家や思想家たちによる思索の試みが、無数の糸となってカリブ海地域に交差しているさまが生き生きと浮かび上がる。
カリブ海の歴史的経験を丹念に拾うことで、「人間」や「歴史」などを理論化してきた西洋の思想の盲点を、本書は次々にあらわにする。そのうえで繰り返し強調されるのは、人々の経験が文書や記念碑などの形で残らなかったカリブ海において、無名の生の痕跡を想像的かつ創造的なアプローチによって描き出す文学の重要性である。奴隷船に押し込められて大西洋を渡ったという起源から始まる過去の苦痛を分かち合いつつも、未知なる未来に賭けようとするエネルギーに支えられ、カリブ海の文学は社会に深く根ざした主題を引き受け、絶えずみずからを更新していく。
私たちを縛る支配的な思考様式や制度を批判しつつ、その批判から新たな人間のありようを生み出せるか。カリブ海から延びる糸を、他地域での固有の経験につなげていく、その先に、私たちの未来が見えてくる。
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なかむら・とおる 1987年生まれ。千葉工業大准教授(カリブ海文学・思想)。『私が諸島である』でサントリー学芸賞。