1. HOME
  2. インタビュー
  3. 窪美澄さん「給水塔から見た虹は」 分断の時代、多国籍な団地で中学生2人の逃避行

窪美澄さん「給水塔から見た虹は」 分断の時代、多国籍な団地で中学生2人の逃避行

窪美澄さん

 外国人を助ける母親との不和を抱える少女と、日本に生まれて幸せだと思えないベトナム人の少年は、夏休みに団地を飛び出す。短く鋭い言葉が力をもち、分断が進むこの時代に、窪美澄さんの「給水塔から見た虹は」(集英社)は、色がにじみ合う虹のような美しさを放つ。

 ベトナム、中国、カンボジア。物語の舞台となる巨大な団地群には、様々な国にルーツのある人たちが暮らしている。窪さんは、デビュー作以降、数多くの作品で団地を舞台にした小説を書いてきたが、「ある時から、日本人しか出てこないのは不自然だなと思うようになった」。時代の移り変わりとともに、団地の変化も感じていた。だから、日本人の少女とベトナム人の少年を物語の中心に据えた。

 桐乃は、団地や学校でトラブルを起こす外国の子たちにフラストレーションをため、熱心に外国人を助ける母親のことも理解できない。一方のヒュウは、日本で生まれたものの、同級生の会話にはついていけず、学校でいじめられている。そんな2人は団地のバスケットコートで会うようになる。

 だが、2人は恋愛関係にはならない。数々の恋愛小説や官能小説を手がけてきた窪さんだが、最近は「一歩引いている」という。

 元々、恋愛至上主義的な人間ではなかった。「全ての物語が恋愛になっていくのは何かおかしいぞとも思っていた」。これまでの選択に後悔はないが、若いころ、結婚や出産をしなさいという押しつけをのみ込んでしまった反省もある。

 「人って、ふとした瞬間の誰かの一言で、何か人生の風向きが変わることがある」。大きなドラマに小説を収めていきたくないと思っている。

 ヒュウは数年前にいなくなった父親を捜すためにある町に向かい、桐乃もヒュウを助けるために駆けつける。団地を出て遠くに行きたいと思っていた2人のひと夏の逃避行が始まる。「中学生の夏休みってものすごい密度で過ぎていく。彼らが様々な人と出会ってどういう変化を起こすのか、丹念に追いたかった」

 実習先から逃げて不法滞在している元技能実習生たちと会った桐乃は、彼らを悪いだけの人にはどうしても思えない、と感じる。

 「罪を犯していたら法的に裁かれるべきで、悪いものは悪い。ですが、彼らにも事情はある。そこに至る背景に目を向けることが大事だと思います」。それが、互いの存在を否定しないことにつながっていく。

 窪さんは、「この小説は、外国人と仲良くしましょうというメッセージにはしていないので、読んでいてすっきりしないと思う。でも、今まで考えたことのなかったことを考える着火点みたいなものになってくれたらいいなと思う」と語る。

 ヒュウが見上げる虹も、七つの色は確かめられないけれど、透明できらきらと輝いていた。「読んだ人によって色んな受け取り方ができるのが、豊かな物語と言えるのではないでしょうか」

 「日本人ファースト」といった、短い言葉が力を持つ時代だ。

 「みんな短くて強い『薬』がほしいと思っている。でも一言になってしまうのはすごく怖い。そこを一言にまとめない小説に今すごく意味があるんじゃないかと思っています」(堀越理菜)=朝日新聞2025年9月3日掲載