ISBN: 9784104667055
発売⽇: 2025/07/30
サイズ: 19.1×2cm/504p
「ダークネス」 [著]桐野夏生
え? ミロ、いつの間に母親に? 息子のハルオが20歳? 慌てて、前作『ダーク』を読み返した。と、ラストでミロは離乳期のハルオと沖縄に降り立っていたではないか。やだ、不覚。少しだけ言い訳をすると、『ダーク』が凄(すさ)まじかったから、なんですよ。
江戸川乱歩賞を受賞した『顔に降りかかる雨』、続く『天使に見捨てられた夜』は、社会派ミステリーとして高く評価され、私立探偵であるヒロイン「村野ミロシリーズ」として人気を博した。
その長編第3作が『ダーク』で、これがもうね、ミロ、ど、ど、どうしちゃったの?というくらいのキャラ変(いま風に言うなら闇堕〈やみお〉ち、か)。自分の行く手を阻むものに向ける黒々とした彼女の情念に、圧倒されてしまったのだ。一人の作家が、自らの分身のようなキャラクターを、ここまで破壊できるものなのか。おそらく、その時点で桐野さんはシリーズを一度は閉じたのだと思う。事実、文庫化された『ダーク』の下巻の帯には「女性探偵『村野ミロシリーズ』完結編」と書かれていた。
その『ダーク』の刊行から20年。物語にもまた20年の時が経過し、ハルオは医学部の大学生になっている。ハルオの出自には秘密があり、そのことをハルオが知れば、自分を見限るだろうという予感を抱きつつも、『ダーク』で深い遺恨を持たれた敵から、ハルオを守ってきたミロ。だが、魔の手は周到に二人を追い詰めていく。
張り詰めた糸が、一瞬も緩むことなく進んでいく物語は、読み始めたらラストまで一気に読み手を引き込んでいく。
終盤、愛する男がミロに殺されたと思い込み、執拗(しつよう)にミロ親子を付け狙う宿敵・久恵に対して、「久恵は私だ」と、不意に気付くミロ。本書はこの一言に辿(たど)り着くための物語でもあったのではないか。
ミロとハルオの母子小説の側面も備えた、読み応え十二分な一冊だ。
◇
きりの・なつお 1951年生まれ。作家。『柔らかな頰』で直木賞、『燕は戻ってこない』で吉川英治文学賞など。