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「入門講座 三島由紀夫」書評 作家論がそのまま見事な書評に

評者: 横尾忠則 / 朝⽇新聞掲載:2025年09月13日
入門講座 三島由紀夫: 31作品の勘どころ (1087) (平凡社新書 1087) 著者:佐藤 秀明 出版社:平凡社 ジャンル:文学・評論

ISBN: 9784582860870
発売⽇: 2025/08/12
サイズ: 10.8×17.3cm/272p

「入門講座 三島由紀夫」 [著]佐藤秀明

 三島由紀夫は幼い頃から意味もなく、なぜか死にたいという欲動と、生きたいという欲望という矛盾した欲求の中で、文学にのめり込んでいく。そんな彼の31作品を通して、作品論ではなく作家論を展開していくというのが本書であると、著者は冒頭で語る。
 31作品の集成がそのまま見事な31篇(へん)の書評になっているように思えた途端、書評の書評をすることの無力さに、少し本書から離れて、三島の感心事を拾い上げることに目を転じてみる。
 例えば『仮面の告白』に記された、糞尿(ふんにょう)汲(く)み取りの若者に感じた「私が彼になりたい」などという悲劇的な英雄意識は、三島の最期とかぶる連想となり、納得させられてしまった。
 では例えば、『金閣寺』の美についてはどうだろう。本書の著者からは離れるかもしれないけれど、三島にとって美とは全て、意識を刺激せずに肉体快感を起こすものではなかったか。調和と統一によって美は成り立つ。
 人は全て肉体的に生きている。現(うつつ)も霊体も幻であって、肉体といういわば間接的な存在によって生きている。人は文字、絵などの間接的な表現によって生き、さらに肉体という間接物によって、美とその快感を得るわけである。すべてを宇宙の仕組みのように間接的にとらえるならば、より調和がとれるはず。美とは快感である。間接的であればあるほど、より美しくなるはずだ。
 その点で三島の作品の中で興味を持てるのは『豊饒(ほうじょう)の海』だ。「輪廻(りんね)転生の物語は、どんどん意味を希薄にしていきます」と、本書の著者は記している。
 この作品の登場人物はともかく、三島由紀夫個人は、輪廻から離脱して不退転者となって永遠の命を獲得することを希求していて、不退転者が宇宙に行くと決めつけ、自分が宇宙飛行士になったつもりで、死を目前に三島は、再び幼児となって死を欲動するのだった。
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さとう・ひであき 55年生まれ。近畿大名誉教授。三島由紀夫文学館館長。著書に『三島由紀夫 悲劇への欲動』など。