韓国にとどまらず、日本でも多くの読者を持つ作家チェ・ウニョンさん(41)は、フェミニズムについて「女性に限らず、人間に対するあらゆる暴力に立ち向かう力」と話す。最新短編集「ほんのかすかな光でも」(古川綾子訳、筑摩書房)には、生きづらさを抱える人々の感情のしこりを丁寧にほぐしていくような7編が並ぶ。
収録作の多くは現在から過去を振り返る追想として書かれている。自伝的作品「役割」は作家になるきっかけとなった大学の校内誌編集部時代の日々を描く。大学1年の〈あなた〉は、社会問題になっていた妻へのDVについて資料を集め、取材し、記事にすることで「書くこと」の難しさを知る。同時に、限界を少し超えて書き終えたときの幸福感も。
「過去を振り返った時、当時の自分を許せないと思ったり、自分に謝りたい気持ちになったりします。自分は自分であるはずなのに、今と昔の自分は違う。そんな感覚を登場人物に織り込める追想形式の小説が好きだし、向いているんじゃないかと思っています」
DV問題をより直接的に描いたのが「返信」だ。ある女性が獄中で書いた手紙の中で、半生を振り返る。強権的な父親のもとで育った姉妹に起きた悲劇は、今なお残る家父長制の呪縛を浮き彫りにする。読み手の胸が締め付けられるような物語だが、「私は、どんなに痛ましい経験であっても書かない方がつらい。経験から生まれた感情を整理し、理解することで心が解き放たれる。この女性も手紙を書くことで生き直すことができる。そんな希望をこめたつもりです」。
短編集の後半は柔らかなたたずまいの物語が並ぶ。家庭菜園への追想をきっかけに母娘のつながりが回復する「種まき」、母親同然に育ててくれた伯母の一生をめいが振り返る「伯母さんへ」など、多様な家族の形が描かれている。
デビュー短編集「ショウコの微笑」から10年。この間、韓国は少しでも優しい社会になったのだろうか。
「女性が簡単に嫌悪の対象になるのは変わりませんが、今の20代は嫌悪を向けられても対抗する言葉を持っている。偏見などに対して、間違っていると声をあげられる。20代の私が見たら、きっとうらやましいと思うはずです」(野波健祐)=朝日新聞2026年1月14日掲載