移民との共生 開かれた「私たち」の想像と創造 高谷幸
先の参議院選挙で、「日本人ファースト」を掲げた参政党が勢いを増し、他党も俄(にわか)に関連政策を打ち出すなど、「外国人・移民問題」が争点の一つとなった。
この過程で、医療や保険制度における「外国人優遇」や「外国人の増加による治安悪化」などの主張が展開された。移民が社会に与える影響に疑念が集中しているといえるが、『移民と日本社会』(永吉希久子著、中公新書・1056円)は、その問いに迫る。ただその答えは、ワンフレーズで断定できるものではない。むしろ本書の論調は、移民の影響を知るには多様な要因を考慮する必要があり、安易な単純化は困難なことを示唆する。
その上で、社会保障への影響については、移民の年齢構成が重要な要因の一つであり、日本に暮らす移民は全体の人口と比して相対的に若く、制度を支える層に厚みがあることがわかる。また治安については、過去二十年、来日外国人の検挙件数は減少傾向にある。つまり移民の増加を治安悪化に結びつける主張は、現代日本では端的に誤りである。さらに既存の研究では、移民の増加により地域が活性化し、犯罪の抑止効果になるという説も有力である。偏見やデマに対抗するためには、こうした多角的な議論とデータに基づくファクトチェックがまずは必要だ。
選挙戦における排外主義にたいしては、懸念の声も多く聞かれた。この背景には、日本社会は移民労働者の存在なしには成り立たないという認識がある。事実、二〇二四年の外国人労働者数は過去最高の約二三〇万人、五年前の一・四倍増と、この社会は、かれらの働きに依存を深めてきた(厚生労働省統計による)。『日本で働く』(伊藤泰郎、崔博憲編著、松籟社・2860円)は、その現実を、多様な労働現場と移民労働者の視点から描き出す。例えば、飯田悠哉らによる食料品製造業での外国人労働者増加に着目する章では、その背景として、惣菜(そうざい)やお弁当など中食市場の拡大を論じる。一般に、移民労働者増加の要因として、人口減少や高齢化、低賃金労働者の需要が指摘されがちだが、共働きや高齢者世帯の増大などを背景に進んできた「食の外部化」という、生活様式の変化もまた、移民労働者の必要性を高めている。
こうしたファクトと現実を知ってもなお、「移民」にたいする不安は消えないかもしれない。アメリカなどでも、排外主義の背景として、多数派が抱く不安感情が指摘されてきた。『芝園団地に住んでいます』(大島隆著、明石書店・1760円)は、新聞記者の著者が、外国人が半数を超えた団地に居を得て、そこに古くから暮らす日本人住民の複雑な感情、共存の実態と共生への模索を描き出す。それは今日、多くの社会が直面する課題を映し出す。同時に、日本の場合、移民統合政策の不足や、そもそも移民の存在を否定してきた政府の対応が、多数派による現実の受容をより困難にさせてきたのではないだろうか。
著者の議論を敷衍(ふえん)していうならば、必要なのは、多数派もマイノリティも皆、この社会の構成員であるという認識であり、それはより開かれた「私たち」の想像/創造でもある。そのためにも、移民の人たちの経験を知ることが欠かせない。レス・バック、シャムサー・シンハらによる『移民都市』(有元健、挽地康彦、栢木清吾訳、人文書院・5280円)は、反移民感情が渦巻くロンドンで生きる移民たちとの対話を通じてかれらの声と経験を浮き彫りにする。移民たちは「反移民」の只中(ただなか)にあっても、地域の人びとと関係をつくり、「ホーム」を築いていく。それは、「私たち」を紡ぎ出す実践そのものだ。=朝日新聞2025年9月20日掲載