甘えが許されない状況で悼むことは
――デビューから一貫して、誰かに先立たれる人を描いてきた小池さん。『あなたの名』の語り手・冬香は末期がんで、義理の娘・紗南のたっての願いで、自身のAIを作ることに協力します。なぜ今回は先立つ側、遺していく側を書いたのですか。
じつは、この小説においても僕は、誰かの死を悼むことについて書こうとしました。冬香もまた長い人生の中で、誰かを見送ってきた人。たとえ生の終わりに近づいても、自分が見送った人のことをいまわのきわまで考え続けるんじゃないか、と思ったんです。
ただ違うのは、その時間が限られているということ。前作『あのころの僕は』(集英社)では5歳の男の子が亡くなった母を想うのですが、このあとも長く続くであろう生のなかで死を想うことと、自分自身が死の一歩手前まで近づいた状態で死を想うことはやはり違うのだと、書きながら学んでいきました。
――どんなふうに違ったのですか。
僕はまだまだ長い時間をかけて、もういない人のことを考えたり、新しい価値観をもって過去の体験を見返せたりする可能性がある。時間に対するある種の甘えがあるんですよね。けれど、この小説ではその甘えが許されない。もしかすると、いない人を想うためのより達者で、美しいやり方があるのかもしれない。でもこの冬香という人にはもう、達者からはほど遠い、美しくないやり方しか残されていない。たとえ未熟だろうとひとは想わずにはいられないし、その未熟さを生きるしかない。肉体的な苦痛の場面もありますが、書いていてもっともシビアだったのはそこでした。
――紗南は夫の連れ子。夫と結婚する4歳までの娘の姿を冬香は知りません。記憶がテーマでもあるこの小説で、途中から家族になる人たちを描いた理由は。
僕自身の経験として、家族であればなんとなく悲しめるというか、長く過ごした時間がその前提になったり、血によって何かがその人と自分は同じであるということを信じられる。血に甘えられるんです。そうじゃなくて、血のつながりがなく、出会うまでの思い出もない中で、それでも結び得るもの、残り得る関係性を確かめてみたいという気持ちがありました。
――なるほど。「時間」と「血のつながり」、このふたつがない厳しい状態で悼むことを書こうとしたのですね。
何も語らず静かに死んでいけば、娘の中にあたたかに残ることができるけれど、娘はもしかしたらもうひとつ先の関係性を探しているのかもしれない。安穏として終われる生を、それでももう一歩近づこうとする人たちの小説になりました。
故人のAIは名づけ親になれるか
――冬香は「記録の私の方が、きっとずっと娘に寄り添うことができる」と考えます。記録と記憶の違いもこの小説のテーマだと感じました。
何年か前の紅白歌合戦でAI美空ひばりを見たとき、最初はグロテスクなものだと思いました。亡くなった人にこういう形で歌を歌わせるのみならず、スピーチのようなこともさせて。でも、あとあと調べると、ご遺族も関わるプロジェクトであり、あれを見て涙を流し、勇気づけられた人もたくさんいた。グロテスクだとか不完全だとか、一蹴することは簡単だけれども、それに救われ得る、あるいは救われたいと願う心があるということに気づかされました。
記憶というものは、その人の主観に左右され、時とともに揺らぎがある不完全なもの。その対抗策としての記録、そしてそれら記録が極まったものがAIによる再現だとすると、どういうプロセスを経て生まれる、どういうものであったら、記憶の補完に値するものになるだろうかということを考えました。
――はじめての子を妊娠中の紗南は冬香に名づけを頼みます。タイトルにもあるように「名前」はこの小説の重要なモチーフですね。
じつはこれも、「記録と記憶」というテーマにつながっています。この小説を書き進めるなかで、AIが人の名前をつけられるかどうか、という疑問がずっとありました。名前とは、言葉の最小単位であり、詩でもある。かつ人生すべてが名前に結びついて人々に記憶されていく。もちろんAIは名前の候補をポンポン出してくれるでしょうが、果たして人間はそれを受容しうるのか。この疑問が浮かび上がったとき、飽きずに最後までこの小説を書けるな、と予感しました。
姉の死にとどまっていたい
――紗南のお腹の子ともうひとつ、生まれる前の命が登場します。どんな思いを込めましたか。
記憶の多い・少ないと、悼む気持ちの強さ・弱さは、イコールではないはずだという気持ちがあります。今回出てくる生まれる以前の命は、残された人と共有したものはどうしたって乏しいんですけれども、その乏しさを理由に、哀悼や追憶ができないということではない、と思いたかった。この、「思いたい」という気持ちが小説を書く上でいつもどこかにあります。「思いたい」っていう、文字にすれば4文字で足りうることの密度を書く、それが僕にとっての小説です。
――書き終わったあと、今回の「思いたい」は果たされたと思いますか。
大事なのは証明することではありません。「思いたい」けれど、人を説得したいわけではない。到達じゃなくて、そこに向かうことが大事だと思います。歩むことだけはした。
――お姉さんの死が小説を書くきっかけとなった小池さん。小説を書くことで、お姉さんへの思いに変化はありましたか。
変化はあると思うのですが、自分の願いとしては、とどまりたいという思いが強いです。デビュー作のタイトル「わからないままで」(『息』所収・新潮社)そのままなんですけれど。生きている限り生活があり、加齢があり、人生の変化があって、初期の瑞々しい悲しさよりも、言葉で考えたような納得に近づかないと生きていけない。最初の、世界が終わってしまったような衝撃と自分をいつまでも結び付けていたくて、小説を書いています。でも、それは〈逃げ〉でもある。たとえば神のような視点で、人の喜び、悲しみみたいなものを扱えるようにはまだなっていない。そこへの悔しさと「でもそれこそ小説を書いている理由だ」という、両方がある感じです。
戦後80年に考える記憶の継承
――もう一篇の「二度目の海」は、「僕」と映画監督の祖父が、祖父の第一作に主演した後すぐ亡くなった満さんを題材に映画を撮ろうと、その姉の光莉さんに話を聞くという物語。ここでもまた、記憶と記録がテーマになっていますね。
書いた順番でいうと、「二度目の海」のほうが「あなたの名」より先なんです。今年、戦後80年を迎えるということがずっと頭にあって、たくさんの方々が直接的に記憶の継承ということを書かれるなかで、僕は個と個の間の屈託として書こうと思いました。「二度目の海」はもう誰も覚えていない俳優のことをそれでも考える監督、という話でしたけれど、そういう個人の哀悼みたいなものが社会的なものにも波及し得る、というか、その思いなしには社会的な歴史の継承はあり得ないということを、デビュー時からずっと考えてきました。「二度目の海」は短編でしたので、ある種図式的に仕上がり、それはそれでよかったのですが、もっと長い尺の中で突き詰めて考えてみたいと思った結果、「あなたの名」がこういう苦しい小説になりました。
――「二度目の海」では、生き残った人たちが死んだ人を語っていいのか、という問題も描かれています。その問いは小池さん自身にも向けられたように感じたのですが、いかがですか。
それはずっと考えていることです。小説に書くということより、日常の会話のなかで、もういない人のことを、こういう人だったよね、と語ることへの葛藤や迷いのほうが強い。僕は20歳の時に姉を亡くしているんですが、何年も経ってから初めて友だちに打ち明けて、ショックを与えてしまったこともあった。やはり日常のなかでぽろっと話すと、断片的な情報しか相手の中には残らないわけだから、欠席裁判のようにもなってしまう。その点、小説はこれだけの文字数と時間をかけられる。僕は、姉を直接的に書くということはしていないけれど、全く違う登場人物、設定であっても、小説であれば姉を想うときに考えていることを書ける気がしています。
地味で個人的な話を、これからも
――今後も、誰かを亡くすこと、悼むことをテーマに書き続けるのでしょうか。
家族を亡くした体験が前提にある小説家であることは間違いないです。でも僕は海外小説が好きで、じっとり悲しい話だけじゃない優れた小説が世の中にたくさんあることはよくわかっているので、そういうものも書けるようになりたい、とも思うんですよ。もう少し人におすすめしやすいものを(笑)。でも次浮かんでくるものを書くしかない。そして今それはやっぱり亡くした人への想いがテーマなんです。
けれどひとつ変化もありました。この春、長年編集者として勤めていた雑誌社を辞めて、フリーランスになったんです。30代のうちに海外に住んでみたいという夢があり、この春にも3カ月だけアメリカにいました。今、次の渡航へ向けていろいろ準備をしています。
――「あなたの名」は、2023年の「息」に続いて三島由紀夫賞の二度目の候補となり、「あのころの僕は」では河合隼雄物語賞を受賞しています。個人的なテーマから始まったものが、選ばれたり受賞することについてどう捉えていますか。
3作目の「息」を書いているとき、当時の担当編集の杉山達哉さん(現「新潮」編集長)が、「デビュー後、評価の得やすいテーマや書き方に飛びつかず、地味で個人的な狭い世界の話を書くということを小池さんが頑なに守ったことは素晴らしいこと」のように言ってくれたことがありました。僕は自分が編集者だったからこそ、今、すごく面白い作家がいっぱいいることはわかっています。大田ステファニー歓人さんも九段理江さんも朝比奈秋さんも大好き。隣の芝生は常に青いんですけれど、やっぱりみなさんそれぞれ自分の仕事をやっている感じがするんですよね。僕もこの地場で自分の仕事をしようっていう気持ちでいます。
――「あなたの名」はどんな小説になりましたか。
僕は出産も闘病も経験していないし、なにしろまだ30年しか生きていない。その中でもこの小説で掴めたリアリティはあると思っていて、この「遠いものを書こうとする意志」が、これから先、もっと近いもの、自分の実体験に近いものを書くときにも力になるはずだと信じたい。いつか、姉のことを今までとはちがった距離で書くこともあるのかもしれません。