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セ・リーグ最速優勝も、薄れゆく記憶は「博士の愛した数式」。あの歓喜をもう一度 中江有里

(Photo by Ari Hatsuzawa)

 9月7日、阪神は2リーグ制史上最速でリーグ優勝を果たした。

 その日は出張で石川県にいた。空港で帰りの飛行機の搭乗を待つ間に試合が始まり、アプリで観戦開始。
 搭乗後は機上でWi-Fiをつないだ。
 闇をすすむ飛行機内にいながら、私の心は甲子園にあった。

 高寺選手の犠牲フライで先制、才木投手の危険球退場もあったが、スクランブル登板した湯浅投手は無失点! そして近本選手の犠牲フライでだめ押し。
 9回表、ザキさんの登板するころには自宅に到着し、テレビ前で歓喜の瞬間を見届けた。

 たぶん関西では在阪局が総出で阪神優勝特番を放送するだろう。
 くらべて関東では「道頓堀に何人飛び込んだか」くらいのニュースしかやってない。
 というわけで、しずかに優勝のよろこびをかみしめ、ネットでビールかけTシャツを買った。

 

 そして9月9日~11日まで私は甲子園にいた。結果は負けて負けて、勝った。1勝2敗。
 対DeNAベイスターズ3連戦、ひさびさのカード負け越し。
 5月17日に首位に立ってから、一度もその座を明け渡さなかった。セ・リーグの貯金を独占して、他チームを圧倒的に引き離した。
 それが優勝した途端、負け続けている。
 甲子園から戻って、あらためて足を運んだ東京ドーム、神宮球場、横浜スタジアムでも阪神は勝てなかった(ハマスタは引き分け)。

 「優勝したから、べつにええわ」と強がってみるけど、勝ちが欲しいのはファンの性分。

 あきらかにリーグ優勝を争っていた時と戦い方を変えている。主力を休ませ、大胆な選手起用をしているのも、10月のクライマックスシリーズを見据えてのことだろう。

 ところで、大きなことを乗り越えた後は、その反動というのがある。

 わたし自身、去年の秋は、2025年11月公開予定の映画「道草キッチン」の撮影をしていた。
 約1カ月の撮影が終わった後、身体のアチコチが不調になり、元の体調に戻るのに1カ月ほどかかった。いわゆる「揺り戻し」。
 阪神の「揺り戻し」、ポストシーズンには終わりますよね?

 小川洋子さんの『博士の愛した数式』は、80分しか記憶がもたない博士の元へやってきた家政婦、そしてその息子の「ルート」が織りなす物語。
 キーワードは「数学」と「阪神タイガース」。
 博士と「ルート」はともに阪神タイガースファンだ。
 ただし昔の記憶しか残っていない博士にとっての「タイガース」と、10歳のルートが知る「タイガース」は選手層が全く違う。
 ある日、家政婦の「私」は阪神戦のチケットを3枚買って、博士と「ルート」とともに観戦に出かける。3人で十分に楽しんだ翌日、博士は野球を観たことを忘れていた。

 80分しか記憶がもたない博士の気持ちを想像する。
 家政婦もその息子「ルート」とどれだけ親しくなっても、翌日には「はじめまして」。
 それは孤独だろう。博士自身も、その周囲の人も。
 でも考えてみた。
 たとえば家族、友だち、同僚としょっちゅう会う人がいたとして、必ずまた会えるという確証はない。同じような通勤、通学路をたどり、似たような日を過ごしていても、毎日違う日。違う毎日をつないでくれるのは、自分の記憶。

 誰かと試合について話したり、ひっそりと阪神日記をつけたりしながら、たびたび自分の記憶をふりかえってみる。すべては過去になっていく。記録は残っても、記憶は薄れていく。
 負けた悔しさや勝った喜び、強烈な感情が吹き上がるのはその「瞬間」。

 毎日の勝敗で感情を揺さぶられながら応援した阪神タイガース。最速で優勝したおかげで、めちゃくちゃ報われた。優勝の「瞬間」に歓喜する選手たちの姿を見て、本当に嬉しかった。
 しかし「瞬間」から時が流れるほどに、また勝ちを求める気持ちが強くなっている。
 こんなに早く優勝してもらったのに! われながら貪欲だ。

 間もなく終わるペナントレース。
 もう少し長く楽しませてもらえるのだからありがたい。
 そして再び歓喜する選手の姿を見せてください!