ISBN: 9784087890211
発売⽇: 2025/07/25
サイズ: 13.1×18.8cm/440p
「戦争みたいな味がする」 [著]グレイス・M・チョー
暴力と食べもの、恨(ハン)と愛。娘の目を通して、母の人生を動かしてきたものたちが、渦巻きながら立ち上がってくる。
朝鮮半島に出自をもつ著者の母は、一九四一年に大阪で生まれた。日本の敗戦ののちに故郷に戻った彼女は、朝鮮戦争によって父と兄を失う。生き延びるために、彼女は在韓米軍相手の接客業に携わり、そこで出会った男性とともに渡米した。
自由を夢見た新天地でも、母の苦難は続く。周囲からの偏見と孤独、家庭内暴力。それでも、若かりし頃の母は活気と魅力に溢(あふ)れていた。おいしい料理で家族を養い、同郷者にキムチを配り、ご馳走(ちそう)で客を魅了する。圧巻は森での採集活動だ。大量のベリーを皆に売り捌(さば)くことで、母は自分のステイタスを確立する。
そして徐々に、崩壊が始まる。彼女は疑心暗鬼になり、頭の中の声に悩まされ、部屋に引きこもってしまう。
なぜ、母は病に陥ったのか。過去に分け入りながら、著者は絡まりあったその根を探ってゆく。母の傷ともつれた悲しみ――恨が、次第にその姿を現す。
植民地化と戦争、性暴力と人種差別。複合的な暴力に曝(さら)されてきた母にとって、料理は生き延びる術(すべ)であり、抵抗の手段でもあった。そして、もはや生き延びることを諦めたとき、彼女は料理を放棄し、食べることを拒むようになる。
だが、役割は転換する。今度は娘が、母に料理を作るのだ。失われた故郷の味、母の母親の味を。亡霊としてしか現れ得ない真実を、そうやって著者は救いだそうとする。抑圧された暴力の痕跡と、生命線としての食べものの記憶。その味と匂い、立ち上る湯気の中に、彼女たちの歴史が、恨が、愛が宿っている。
消えることのない恨を抱えて悶(もだ)えながら、それでもその熱い一口をすするとき、彼女たちはほっと息をつき、相手の手を握ることができる。一杯の椀(わん)に満たされた、慈愛を受け渡すように。
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Grace M. Cho 米ニューヨーク市立大教授(社会学)。本作は21年全米図書賞ノンフィクション部門の最終候補作。