兵藤裕己さん「物語伝承論」インタビュー 琵琶法師からたどり直す
平家物語や太平記、説経節に浪花節など、様々な物語を読み、聞き、考えてきた。
大学の卒論は平家物語だ。当時は寺山修司らのアングラ演劇ブームで、兄が演劇集団をつくって活動していた。
「その影響もあって、平家物語を文字としてでなく、パフォーマンスとして読むことを考えました。物語は本来、口で語るものです」
平家物語をつくった琵琶法師の語りを聞きたいと、各地を訪ねた。1982年、「最後の琵琶法師」と呼ばれた盲僧・山鹿良之(やましかよしゆき)さん(1901~96)に熊本で出会う。5時間はかかる「俊徳丸」や「小栗判官」など、レパートリーは50ほどというが、全貌(ぜんぼう)はわからない。その語りは悲運な生涯と重なって力があり、研究者としての自分が根底から揺すぶられた。「国文学の業界に収まっていてはいけない」
それから約10年、年に10日間は山鹿宅に泊まり、夜は2人で酒を飲みながら語ってもらい、録音と録画を続けた。
「僕が録(と)らなかったら、永遠に世界から消えちゃう。集めるのが第一目的でした」
テープ約800本。そのリストが本書の巻末に載っている(デジタル化され、一部はインターネットで見られる)。そして「文献だけで考えている人には、絶対気づかないことを教えてもらった」という。たとえば、自分の過去をすべて物語として語ってしまうような語りのあり方だ。
元々、「物語」に作者はいなかった。伝承されていくうちに物語になった。よりどころとなる真正な本文(平家は「正本(しょうほん)」、源氏は「証本(しょうほん)」)がつくられると、独占する政治の力学が働くようになる。
「武家政権は、700年続きました。源氏と平家の物語がなかったら、日本の政治史は成り立たなかったと思います。二つの物語が流通することによって、日本人が生きるフィクションの大きな枠組みがつくられ、国のまとまりにも影響を与えた。だからこの本では、最初に『正本』の問題を置いているのです」
琵琶法師の語りを起点に、物語をたどり直し、柳田国男や折口信夫を読み返す。新しい文学史が見えてくる。 (文・石田祐樹 写真・鬼室黎)=朝日新聞2025年10月11日掲載