ISBN: 9784907239817
発売⽇: 2025/09/01
サイズ: 14.8×1.5cm/202p
『「九月」を生きた人びと』 [著]加藤直樹
いるべきところにいて、なすべきことをなす。著者の加藤直樹さんは、そんな人だ。今年の9月1日、関東大震災時に虐殺された朝鮮人の追悼式(東京・横網町公園)にも彼の姿はあった。右翼の妨害を警戒しながら会場を回る加藤さんの険しい表情には、安心して追悼すらできない時代の苦痛が浮かんでいた。
そして――加藤さんは書き続ける。震災虐殺の実相を追いかけ、死者と生者の声を拾い上げる。
震災虐殺をテーマにした単著は、本書で3冊目。今回は震災後百年に焦点を当てた論考集だ。歴史を歪曲(わいきょく)、否定する者たちの言説や排外主義の流れを徹底批判する。
たとえば先述した追悼式。この公園に追悼碑が建立されたのは1973年だ。建立にあたっては、多くの市民や団体から寄付が寄せられた。保守系政治家も協力を惜しまなかった。日本人の責任によって建立するのだという「当事者意識」が反映されていた。だからこそ、毎年の追悼式には、歴代都知事が追悼文を寄せてきたのである。
今やどうだ。都知事は追悼文送付をやめた。式典には毎年レイシストが押し掛けて妨害行為を繰り返す。だが、日本人が突然、排外主義に目覚めたわけでもない。
差別と偏見が虐殺を招いたことを、日本は政治の場で認めることを避けてきた。排外主義が勢いを増し、歴史否定の言説が飛び交い、虐殺の事実すら「なかったこと」にしようと試みる者が出てきたのは、そうした国の無責任が招いた結果ともいえよう。横網町公園の追悼碑にも限界はあった。誰が朝鮮人を殺したのか、主語は記されていない。
「この百年は、あの『九月』以降もずっと苛烈(かれつ)だった」と加藤さんは書く。血塗られた「九月」の風景は、形を変えながら、総括されることもなく、1世紀を超えて生き続けてきた。その記憶から逃げるなと、本書は静かに訴えるのだ。
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かとう・なおき 1967年生まれ。フリーランスのライター、エディター。著書に『九月、東京の路上で』など。