妊婦の時、母親教室で助産師から赤ちゃんの洗い方を教わった。「おちんちんの裏までしっかりね」。クスクスと笑いながら楽しく語られる男性器。だけど「女の子の性器の洗い方」については何も説明されない。思いきって尋ねてみると気まずそうに「拭けばいいから」と一言返された。今から14年前のことだ。
日常でも使える名称を持つ男性器に比べ、女性器には名前がない。あるはずだったのに、卑猥(ひわい)とされる言葉になってしまった。女性器は名前を奪われている。新たな名前を付け直すべきだと私は思っていた。
『だいじ だいじ どーこだ?』に登場する「おまた」はおそらく女性器のことを指している。明るい黄色の絵本の中でその文字を見た時、不思議とホッとした。無理して新しい言葉を使おうとするより、言いやすい言葉で呼んでいいじゃないか。
性教育を研究し実績を重ねた作者が記す「おまた」の3文字には説得力がある。迷ってばかりの母親として「これでいいんだよ」と私は誰かにハッキリ示してほしかったんだと思う。
昭和の終わりごろは男子の身体、裸、性器はとても雑に扱われていた。女子のそれとは違ってまるで無価値であるかのような。見られても触られてもおふざけの範疇(はんちゅう)のことであり、男子の心が真に傷つくことはない、と考えられていた。そういった価値観を土台にした社会が、男子による女子へのジェラシーやゆがんだ憧れを生み続けていた一因ではないだろうか。現在の世の中にあるミソジニーと無関係ではないはずだ。
本書の中の「わるいひみつはまもらなくていいんだよ」にハッとした。大人が定義し分かりやすい言葉で伝えることが子どもを守る。楽しい絵柄で抵抗なく子ども本人に手渡せることもありがたい。
◇
大泉書店・1320円。21年7月刊。30刷46万5千部。産婦人科医の作者は学生時代に性教育の講演を始めた。担当者は「絵本なら大切なことを伝えられると思い、作者と一語一句を考えた。性暴力の被害や加害がなくなる一助になれば」。=朝日新聞2025年10月25日掲載