近藤ようこ・漫画、梨木香歩・原作「家守奇譚」(上・下) 人と怪異の間に流れる「いい風」
時は明治。駆け出しの物書き・綿貫征四郎は、早世した親友の実家に「家守」として住むことになる。和風の庭には池があり、瓦屋根の二階屋にはいい風が入る。本書を読み進めるうち、私も外と内が溶け合ったその家の空気に包まれているような感覚を覚えた。
以前も近藤ようこの別作品(原作もの)で、高楼にぶら下がった大量の蛇の死体がザザザと揺れるシーンに息を呑(の)んだことがあった。あの時も今も思う。どうすれば、大気の流れを紙に留(とど)めるなんてことが出来るのだろう?
征四郎の暮らしは静かだ。四季折々の動植物に目を向け、雨や風の音を聞く。すると、そこにふいっと不思議が立ち入ってくる。サルスベリに懸想され、床の間の掛け軸から親友が会いに来たかと思えば、小鬼や河童(かっぱ)もやってくる。そんな時、彼は泰然と怪異と相対し、相手の具合が悪いとあれば、「目の前で苦しんでいるものを手を差し伸べないでおけるものか」とその背をさすり続ける。人と怪異、動物と植物、全方向に隔たりがなく、非を認めるやすぐに自省することも出来るが、文明の進歩には懐疑的で、即座に流されることはない。そんな征四郎を見ていると、日常を深く生きるって、こういうことなのかもしれないと思う。=朝日新聞2025年11月1日掲載