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「ジートコヴァーの最後の女神たち」書評 歴史に埋もれた神秘の力持つ女

評者: 青山七恵 / 朝⽇新聞掲載:2025年11月15日
ジートコヴァーの最後の女神たち (新潮クレスト・ブックス) 著者:カテジナ・トゥチコヴァー 出版社:新潮社 ジャンル:文学・評論

ISBN: 9784105902032
発売⽇: 2025/09/25
サイズ: 18.8×2cm/448p

「ジートコヴァーの最後の女神たち」 [著]カテジナ・トゥチコヴァー

 チェコ東部のジートコヴァーという地に、かつて「女神」と呼ばれる女性たちがいたという。薬草の知識と不思議な力を持つ女神たちは人々に治療を施し予言を与えてきたが、その存在は長く歴史に埋もれていた。そんな彼女たちの実像が膨大な文書によって明かされていく本作は、丹念に組まれた足場を一段一段登っていくような、スリルに満ち心地よく骨の折れる読書の喜びをたっぷり味わわせてくれる一冊だ。
 主人公は、幼い頃に母を亡くし女神の伯母スルメナに引き取られたドラ。ドラが十五歳の時、スルメナは警察の手により精神病院に収容され、数年後に亡くなってしまう。実は彼女は、非科学的医療行為を行う危険人物として当時の秘密警察から監視を受けていたのだ。成人し民族誌学者になったドラは、迫害された女神たちの名誉回復を図るべく、あらゆる関連文書を調べ始める。
 公文書、魔女裁判の記録、書簡、論文。作中に並ぶ多数の文書からは、共産主義体制から敵視され、ナチスの民族主義にも利用された女神たちの数奇な運命が浮き彫りとなっていく。一方ドラが回想するスルメナの神秘的な儀式の風景は、断片的で未整理であっても、その記憶の襞(ひだ)に刻まれた恍惚(こうこつ)と畏怖(いふ)までが生々しく迫ってくる。一研究者であろうとするドラと、一人の生きた末裔(まつえい)であるドラ。この二つの眼差(まなざ)しが交錯するところに声なきものの声が響き出し、味気ない文書に固着されることを拒む女神たちの豊穣(ほうじょう)な生が充満する。
 スルメナを巡る陰謀の真相が明らかになるにつれ、ドラ自身に迫りくる暗い何かの気配も濃くなり、終盤はページを繰る手が止まらない。予想外の、しかし充分に想定されうる結末には息を呑(の)んだ。果てしない文書の藪(やぶ)を必死にかき分けかき分け進み、最も濃い藪の向こうに手を伸ばしてやっと摑(つか)めたものは、自分自身の肩だった。そんな夢を見たあとのように、しばし呆然(ぼうぜん)とした。 
   ◇
Katerina Tuckova 1980年生まれ。小説家、美術史家など。本書はチェコでベストセラーとなり、約20の言語に翻訳。