ISBN: 9784622097976
発売⽇: 2025/08/16
サイズ: 19.4×3.1cm/448p
「北一輝・近衛文麿・石原莞爾と大東亜戦争」 [著]堀真清
著者は「大東亜戦争のキーワードとなった国家生存権の主張(A)」と「北、近衛、石原の言動に見いだされるべき共通項(B)」を検討し、BがあらわになったのがAではないかとの仮説を示す。それを裏付けるのが本書というわけである。
まず北一輝、近衛文麿、石原莞爾(かんじ)の来歴を、続いて彼らの思想を語り、それがどう戦争と関わっていくかが説かれる。北の『日本改造法案大綱』は西田税(みつぎ)によって出版・配布されたことで軍内に影響力を持つ。2・26事件(1936年)の伏線でもある。もともと北には社会主義者のレッテルが貼られていたが、北の国家生存権は「危険な正義」との著者の分析も頷(うなず)ける。
近衛が18年に書いた最初の論文「英米本位の平和主義を排す」は、国際社会の主たる秩序への異議申し立てであったが、近衛には終生この思想があったという。ここで説かれる生存権は、北と同質性がある。黄白人種闘争を意識している点も同じだ。近衛は軍人との接点ができていくが、その性格の弱さもあり、指導者としては幾重にもぶれていったというべきか。
近衛は2・26事件後に初の組閣を行う。日中戦争時の首相である。国家生存権の主張は変わらず「列強への反発」は一貫していると著者はいう。
石原だが、38年の講演で、満州事変や日中戦争を肯定する部分に国家生存権思想が露呈しているという。石原の世界最終戦論も、この点から見ていくべきなのであろう。
本書は3人の思想や事態への対応、対立する人物との構図を精密に描いている。図らずも昭和の戦争のある断面が浮かび上がる。例えば、北に対する農本主義者・橘(たちばな)孝三郎の批判や、石原への参謀・杉田一次(かずし)の見方。天皇も近衛も軍部の操り人形ではないかというアメリカ側からの尋問に、近衛はそのとおりと認め、東条英機を批判する。
本書は、次代へ松明(たいまつ)を照らし、同時代史的見方から歴史的見方への移行を促す点に特徴がある。
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ほり・まきよ 1946年生まれ。早稲田大名誉教授(日本政治史)。著書に『大山郁夫と日本デモクラシーの系譜』など。