ISBN: 9784560091517
発売⽇: 2025/09/29
サイズ: 19.4×3.3cm/394p
「ドリーミング・ザ・ビートルズ」 [著]ロブ・シェフィールド
今年の夏、初めてロンドンに到着した僕が、真っ先に向かった場所は、あの横断歩道だった。ビートルズのアルバム『アビイ・ロード』のジャケットに登場する、世界一有名な横断歩道である。早朝だったが、年代も国籍もばらばらな人たちがそこにいて、記念写真を撮っていた。
僕も含めてその場にいたのはすべて、ビートルズが解散してから半世紀後の熱心な聞き手であり、世界中から訪れた人たちだった。それが当たり前の風景になるとは、いったいどういうことなのか。
1962年にデビューし、まもなく世界一ビッグなポップグループとなり、そして芸術的で革新的なミュージシャンに変貌(へんぼう)していった4人組。70年の解散後も巨大な存在感を発揮し続け、21世紀に入っても新たなファンを獲得し続ける、このバンドの軌跡に、本書はさまざまな曲やエピソードを経由しつつ、改めて光を当てていく。
有名曲だけではなく、見過ごされがちな曲やさりげない一節、メンバーのソロ時代や現代のミュージシャンの発言などが、著者によって愛(いと)おしげに取り上げられるなかで、ビートルズの曲に特別な響きを与えるものが、よりくっきりと聞こえてくる。
重なり合う歌声、支え合う楽器と歌声、バンドが曲で取り上げる女の子たちやコンサートに詰めかけるファン。そして何より、メンバーのそれぞれが、そのときどきの自身の確信や迷い、遊び心や皮肉を曲に込め、お互いに自分をさらけ出せる場としてのバンド。言い換えれば、ビートルズの音楽とは、濃密なコミュニケーションを発生させる装置なのだ。
個人が心に抱く感情を、表現を通じて他者に向けて開き、対話に招き入れる。そんな音楽が、聞き手にも開かれた形で実践されていたのだということが、力強く伝わってくる。聞き手にとって、その表現との対話に招き入れられることは、自身の存在を肯定されることでもある。そして、その対話は、年齢を重ねるにつれて、新たな驚きと喜びを与えてくれるのだ。その意味で、本書には数十年来のファンである「ビートルマニア」の間で閉ざされることのない、ある種の芸術論としての輝きが宿っている。
どのページにも、それぞれのメンバーと、4人で作り出した音楽に対する愛情があふれている。そんな本書を読み終えたとき、どの読者にもきっと、真っ先に聴きたいと思う曲があり、あるいは頭のなかをすでに流れ始めている音があるだろう。そこから、また新たなビートルズとの対話が始まる。
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Rob Sheffield 1966年、米マサチューセッツ州生まれの音楽ライター。雑誌「ローリング・ストーン」のコラムニストを長年務めている。本書はヴァージル・トムソン賞(音楽批評部門)などを受けた。