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「ニッポンの移民」 逆説的な主張の先に共通の土台 朝日新聞書評から

評者: 酒井正 / 朝⽇新聞掲載:2025年12月13日
ニッポンの移民 ――増え続ける外国人とどう向き合うか (ちくま新書 1882) 著者:是川 夕 出版社:筑摩書房 ジャンル:政治

ISBN: 9784480077103
発売⽇: 2025/10/08
サイズ: 17.3×1.3cm/256p

「ニッポンの移民」 [著]是川夕

 外国人の問題が選挙の争点になるようになった。だが、そもそもわが国は移民政策を有するのだろうか。本書によれば、日本は国際的に見て、既にかなりの規模の移民を受け入れており、とりわけ永住型の労働移民が多いという。その意味で日本はリベラルで開放的な移民政策を採っている。このような見方には、日本に移民政策はないとする考え方に馴染(なじ)んできた者は違和感を覚えるかもしれない。しかし、本書に示される統計的事実こそ、世界から見た日本の姿に近いものなのではないか。
 一方で、送り出し国の経済水準が上昇してきたことで、低成長の日本はもはや移民先として選ばれなくなってきているということもしばしば言われる。著者はこのような言説に対しても、経済格差はある程度縮まったほうが移民は増えるということが定説になっていると反論する。たしかに単純に考えれば、送り出し国と受け入れ国の経済水準の差が縮まれば、移住する意欲は減りそうなものだ。だが、実際には、移住の意思決定にはそのような「移住意欲」の他に、「移住能力」も重要になるという。例えば、送り出し国と受け入れ国の経済格差が小さいほうが移住後の資金を工面し易(やす)く、心理的障壁も小さくなるといったことがある。この説が正しければ、日本は今後も暫(しばら)くは移民先として人気であることが予想される。
 とはいえ、本書は、日本の移民政策が確固たるビジョンの下に戦略的に行われてきたなどと主張するわけではない。むしろ、その経緯には「意図せざる結果」も見られるという。技能実習制度が技能移転による国際貢献を謳(うた)っていたのは、単純労働者の受け入れを禁止するためのタテマエだったが、それが結果的に、技能が形成されるのならば永住も可能と考えられるようになり、特定技能制度の成立につながったとする見立てはその一例だ。単純労働者の受け入れというホンネに近付けるためにタテマエを排したのが特定技能制度だと思っていたので、これは目から鱗(うろこ)だ。たしかに国内の人口減少のために海外の単純労働力を必要とする一方で、近年の諸外国のように定住化を認めたくないのであれば、永住化への道を設けたこのような制度が導入されることはなかっただろう。
 著者は現下の外国人政策を基本的に是認するスタンスだが、歴史的な経緯と人口減少によって生じた外国人受け入れの稀有(けう)な好機を、排外主義によって逃してはならないとの切迫感が伝わってくる。本書の価値は、逆説的な主張の展開にではなく、議論の共通の土台を提供している点にこそある。これぞ真の必読書だ。
    ◇
これかわ・ゆう 1978年生まれ。国立社会保障・人口問題研究所国際関係部部長。OECD移民政策専門家会合メンバーを務める。編著に『人口問題と移民』『国際労働移動ネットワークの中の日本』など。