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「オーロラが見られなくても」書評 壮絶美求めた心地よい旅の行方

評者: 横尾忠則 / 朝⽇新聞掲載:2025年12月13日
オーロラが見られなくても 著者:近藤 史恵 出版社:KADOKAWA ジャンル:文芸作品

ISBN: 9784041163207
発売⽇: 2025/11/08
サイズ: 12.9×18.8cm/208p

「オーロラが見られなくても」 [著]近藤史恵

 天空に展開されたオーロラの中を僕は魂そのものと化して飛行していたのだった。
 アメリカ大陸の上空で僕を乗せた旅客機から見えたのは、まるであの世の光景と見間違うようなゾッとする壮絶美。眼下に雲海を、頭上には漆黒の宇宙空間、その中をぬって、星の瞬くオーロラのど真ん中を機は歓喜にふるえて突入していったのです。
 僕は頭から毛布を被(かぶ)って機内の明かりを遮断して、窓外に広がる非現実的な恐ろしくヤバイ光景を、息をのんで眺めていたのだった。その時客室乗務員が耳元で、「コックピットにご案内しましょうか? 私も長年乗っていますがこのような光景は初めてです」と。
 コックピットから見るオーロラは真正面から機に向かって襲ってくるように思えた。僕は一瞬死の感覚に脅(おび)えた。
 オーロラという言葉の入った題名につられて読んだこの旅行記には残念ながらオーロラは不在。旅先で出会った透き通るように美しい女性に一目惚(ぼ)れした主人公の女性は、彼女と次第に心が溶け合う仲になっていくが、神秘的なオーロラとは無縁の、現実的な食べ物の話題が続く。
 そして、旅の終わりが近づいた頃あの美女が突然人前で歌を口ずさみながら踊り始める。その瞬間、彼女がオーロラ姫に変身してオーロラのような美しいドレスで舞ってくれるものとばかり思って胸をときめかせたが、なんと彼女の衣装はレインジャケットにパンツ。
 エッ? 僕の期待した旅の物語の大団円に、やや、ガクッとなりました。というのはなかなか快適に流れる心地よい旅行記だったからです。でもあとでこの作品が旅行記ではなくフィクションだと気づいたのです。
 だったら、思い切ってもう少し想像を飛翔(ひしょう)させて、美神の彼女をオーロラの化身にして美的陶酔させてもらいたかったなあと思うのは、僕のないものねだりだったのでしょうかネ。
    ◇
こんどう・ふみえ 1969年生まれ。作家。『サクリファイス』で大藪春彦賞。著書はほかに『風待荘へようこそ』など。