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「近現代アイヌ文学史論 アイヌ民族による日本語文学の軌跡〈現代編〉」須田茂さんインタビュー 「複眼」から見える世界

須田茂さん

 文芸評論家でも、大学の先生でもない。民間企業を9月に退職したばかり。住まいは神奈川。そんな人がなぜ、アイヌ文学の本の著者なのか。

 「親戚が札幌にいたので、北海道には子供の頃からよく行っていて」。20年ほど前、ふと思い立ってアイヌ文学の歴史的作品として知られる知里幸恵の『アイヌ神謡集』を読み、胸を打たれた。

 ほかの書き手のことも知りたくなって、今回の本にも登場する作家、鳩沢佐美夫の特集を読もうと「コブタン」という札幌の文芸誌を取り寄せた。ほどなく自らも寄稿するようになる。

 「執筆は、仕事のあとに家で。あとは週末に。サラリーマンの小遣いをちょっとずつためて、年に何回かは北海道に行って」。「コブタン」が2023年に終刊となるまで続いた連載を中心に、7年前に出した『近現代アイヌ文学史論〈近代編〉』に続いて、今回は現代編をまとめた。

 アイヌ民族の文学活動の歴史を振り返る本。ひとことで言えばそうなる。でもそれだけではすまない何かが、読み進むにつれて胸に迫る。

 そのカギは、本の副題にある。「アイヌ民族による日本語文学の軌跡」――。

 明治維新以降の同化政策のもと、アイヌの人々は日本語の使用を強いられた。この本が「近代編」から一貫して描き出すのは、もともとは母語ではなかった言葉で記された文学の歴史なのだ。

 「自分たちの思いを、日本語でしか表現できなくなった人たちの文学。その根っこにある思いの系譜も含めて、自分なりにまとめてみたいと思ったんです」

 小学生の頃、札幌に向かう列車でアイヌの人々について父と話したことを、今でもよく覚えているという。

 「いわゆる『和人』だけが日本に住んでいると思いこんでいた私の世界観が、あのとき、子供なりに変わったんです。言ってみれば、単眼から複眼を持つようになった。とても重たい出来事でした」

 私たちは、「単眼」ではなく「複眼」で社会を見ているか。文学だけにとどまらない問いのように聞こえた。(文・柏崎歓 写真・鬼室黎)=朝日新聞2025年12月13日掲載