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「反骨魂」 技術革新で「音」を届けた放送人 朝日新聞書評から

評者: 御厨貴 / 朝⽇新聞掲載:2025年12月20日
反骨魂 後藤亘 「ミスターFM」と呼ばれた男 著者:延江 浩 出版社:文藝春秋 ジャンル:文学・評論

ISBN: 9784163920337
発売⽇: 2025/10/29
サイズ: 13.3×18.9cm/256p

「反骨魂」 [著]延江浩

 戦後80年を生き抜いた男の物語である。玉音放送から始まり、ギリギリ戦中派の生き様を描き出す。
 後藤亘(わたる)――ミスターFMと言われ、東京MXテレビを立て直した伝説の人。だが著者延江浩は、巨魁(きょかい)、怪物、武勇伝という手アカのついた言葉を一切使わない。進取の気性に富んだがゆえに「反骨魂」と称した。
 ジェットストリーム。今なお懐かしいあの作品を城達也とともに作り、彼の引退まで見届けた機微を描いて、延江の筆はとてもやさしい。じつは後藤は戦後高度成長期に東和映画のサラリーマンから、東海大が設けた実用化試験局、FM東海に転じる。松前重義というもう1人の巨人との出会いから、その後のFM人生が決まる。後藤が反骨を貫き、既成概念や官僚組織を相手に闘うことができたのは、音を含めた技術革新の攻め手の側に常にいたからだ。延江の記述は言い得て妙だ。そして郵政省との対立抗争の果てにFM東京を誕生させ、ネットワーク化、ラジオの見える化をはじめとするFMをバネに、様々に立体化した〝音〟を国民に届けていく。
 ともすれば二流意識で引けてしまう業界を、奮い立たせるべく後藤は行動する。編集の核として、半蔵門の自社ビル建設に邁進(まいしん)する後藤に賛成した松前の言やよし。「あれだけ内部抗争ばかりしている社会党がなぜ分裂しないのかわかるか? それは社会党が自前のビルを保有しているからだよ」。今なら自民党もまた然(しか)りである。
 MXテレビも後藤が経営者になってエラく変わった。かくてラジオとテレビの変化の歴史は後藤の人生そのものだ。常に〝音〟にこだわり「トラブルはチャンスだ」と宣(のたも)うた男の人生が、見事に高度成長期とその後の日本を映し出す。あの瀬戸内寂聴を描いた同じ人とは思えぬ変幻自在の筆さばき。でも書き手がこんなに早く逝ってしまうとは。延江浩よ、書いた責任はまだあるんだぞ!
    ◇
のぶえ・ひろし 1958年生まれ。ラジオプロデューサー、作家。エフエム東京では、村上春樹さんの「村上RADIO」をはじめ多くの番組を手がける。著書『アタシはジュース』『J 寂聴最後の恋』など。25年4月死去。