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「ブラッド・コバルト」書評 搾取の現場駆け回り内実を暴く

評者: 安田浩一 / 朝⽇新聞掲載:2025年12月20日
ブラッド・コバルト~コンゴ人の血がスマートフォンに変わるまで 著者:シッダルタ・カラ 出版社:大和書房 ジャンル:文学・評論

ISBN: 9784479394631
発売⽇: 2025/10/08
サイズ: 18.8×2.8cm/456p

「ブラッド・コバルト」 [著]シッダルタ・カラ

 アフリカ大陸中央部に位置するコンゴ民主共和国について、私が知っていることは少ない。だが私は、いや、私たちは、毎日、コンゴと接している。スマホやタブレット、電気自動車などのバッテリーに使われるコバルト(レアメタルの一つ)は、多くがコンゴで採掘されたものだ。日常生活をコバルトが支える。
 それでもやはり、私たちは知らない。コバルトがサプライチェーンの底辺である過酷な労働現場で生まれていることを。
 今日もコンゴ人労働者がほこりにまみれてシャベルを振る。有害なコバルト粉塵(ふんじん)を吸い込み、トンネル内での崩落に脅(おび)えながら作業を続ける。事故が相次ぎ、ときに誰かが命を落とす。それでも、日に1ドル程度の報酬だ。まさに「悪魔のギャンブル」である。
 人身売買、児童労働、低賃金といった悪弊の中で「青いゴールド」とも呼ばれるコバルトが産出され、仲買人などを経て、人権尊重をポリシーに掲げた超巨大テック企業の手に渡る。
 著者は搾取の現場を駆け回る。疲弊した労働者たちから、苦痛に満ちた声を聞き、内実を暴く。
 ある少年は「稼がせてやる」と兵士からスカウトされた。だが、いつまでたっても日給約1ドル。詐欺に引っかかったようなものだが、それでも少年と家族はその金を必要としていた。生きていくために。どうせ逃げても銃で撃たれるだけなのだ。
 そうした大勢の子どもたちが、コバルトのために命を切り売りする。1ドルすら手に入れることのできない少女は、採掘の傍ら性を売る。そうやって今日を生き延びる。
 歴史を振り返れば、コンゴは常に大国から奪われ続けてきた。象牙にパーム油、ダイヤモンドにウラン。豊富な資源が大国の富に変わる。いまは中国企業をはじめ、世界中の大資本がコバルトを狙う。奪われる側に未来は見えない。
 その衝撃と絶望で、いまもスマホを握りしめる指に力が入らないのだ。
    ◇
Siddharth Kara 作家、活動家。英学士院グローバル・プロフェッサー、ノッティンガム大准教授。現代の奴隷制を研究。