ISBN: 9784130210874
発売⽇: 2025/10/27
サイズ: 21×2cm/320p
「帝国と民族のあいだ」 [編]鶴見太郎、今野泰三
日本の中東研究の水準は、すごい。特にパレスチナ問題に関しては、優秀な若手研究者が次々に活躍している。
欧米の中東研究が安全保障や外交のための政策研究を主眼とするのに対して、日本の中東研究は独自の視座に基づいて展開してきた。その地域に現れるミクロな社会関係からマクロな国際政治まで、歴史的連続性とグローバルな連動性を総合的に視野に入れてきたからだ。帝国と現地社会との共振と差別の重層化を半世紀も前に指摘した板垣雄三の「n地域論」モデルは、その代表例である。
パレスチナ問題は、その視座が最も如実に当てはまる。イスラエル対アラブ、あるいは西欧帝国主義対アラブ民族主義という二項対立的視座を超克しようと試みる本書は、2023年のガザ戦争発生以前から共同研究を進めてきた、最前線の若手研究者の論文集だ。それはミクロな差別構造の重層化、複雑化の実態を、「様々ないざこざがいろいろなところで起きている」と個別視するのではなく、「諸事実の関係性、特に権力関係や因果関係、相互関係」を見通すことを目的とする。
そのため、国際政治の舞台で見落とされがちな「個人」の多様な行動と思索を拾い上げる。イスラエル国内のパレスチナ人の存在、占領下のパレスチナ住民による本来の居場所への「帰還」の試み、故地を離れた難民のアイデンティティー模索、そしてアラブの国々との状況認識ギャップ。内政と域内政治、国際政治は不可分に絡み合い、その利害関係はパレスチナ社会内部に深く浸透する。
一方で、歴史的記憶の役割も重要だ。ロシア帝国下でのユダヤ人迫害の記憶が、イスラエルの他者理解を攻撃的にしたとの指摘は、今のガザ戦争の暴力性を説明する。
紛争はその地域の特殊性を本質として起きてはいない。「それは必ず人間にとって普遍的な要素に分解することができる」との宣言は、紛争の普遍的解決の窓を開く。
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つるみ・たろう 東京大准教授。著書に『シオニズム』▽いまの・たいぞう 中京大教授。著書に『ナショナリズムの空間』。