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混乱する世界に「慎慮」を 大佛次郎論壇賞「外務官僚たちの大東亜共栄圏」熊本史雄さん寄稿

駒沢大教授の熊本史雄さん=東京都世田谷区の駒沢大学、浅野哲司撮影

 新年早々、太平洋を遠く隔てた彼(か)の地から、帝国主義的に振る舞うアメリカのニュースが飛び込んできた。ベネズエラを電撃的に攻撃し、マドゥロ大統領を拘束。「国際法は必要ない」という認識をかねてより示してきたトランプ大統領が、自身の国際政治観に基づいて蛮行を「有言実行」したのである。

 戦後80年あまりに及んだ国際的平和秩序の尊重・追究が否定され、いまや世界は「帝国主義」の時代へ急速に回帰しつつある。西半球を「勢力圏」とみなすトランプ流の外交戦略は、100年前の世界のありようと二重写しに見える。

 実は100年前、アジアを舞台に、帝国主義的に振る舞う国家があった。日本である。その日本は、満洲事変、日中戦争、太平洋戦争を経て、「大東亜共栄圏」建設を構想するに至った。平和的であったはずの1920年代の国際秩序は、わずか10年あまりで脆(もろ)くも崩壊したのである。

 なぜ、そうなってしまったのか。その動因と過程の解明を、日本の外務官僚たちによる思想的営為の観点から試みたのが、この度の受賞作『外務官僚たちの大東亜共栄圏』(新潮選書)である。

 そもそも「大東亜共栄圏」とは何か。一般的には、1940年8月1日に松岡洋右外相が発表した談話を起点とした、「アウタルキー圏(自給自足の経済圏)」建設のためのスローガンだと想起されよう。だが本書では、この無謀な構想が、〈日露戦争後の「満蒙」概念を起点とする地域秩序観〉として、外務省という官僚組織で連綿と継受されてきた外交思想と捉えるべきだと考えた。日露戦後に日本が獲得した「満蒙権益」によって、その後の外務官僚たちの思想と活動が少なからず拘束されたからである。ひとたび手に入れた権益の確保・運用が日本外交の「宿命」として刻印され、それを支えた思想的根拠が他ならぬ「満蒙概念」だった。

 一方で、日本外交は、英米を主とする国際社会との協調を、もうひとつの「宿命」として背負った。満蒙権益を日本がフリーハンドで運用することを、両国をはじめとする国際社会は手放しで認めようとしなかった。日本は、「門戸開放・機会均等」に基づく国際市場利用上のルールの運用を義務づけられ、さらには満蒙権益の確保・運用と抵触しかねない中国の領土保全をも約束させられたのである。

 外務官僚たちは、「宿命」の両立に失敗していく。40年にわたるその過程は、「大東亜共栄圏」建設構想への転落そのものである。こうした捉え直しによって、軍部の膨張主義や、アジア主義さらには対外硬派のイデオロギーとも一線を画した、外務省の理知的なエリート官僚たちが主導した構想こそが「大東亜共栄圏」の〈本丸〉だったという、新しい歴史像が顕(あら)われてくる。

 稀代(きだい)の国際政治学者にして歴史家とも評し得る高坂正堯は、アメリカの国際政治学者ハンス・J・モーゲンソーが『国際政治』で述べた「慎慮(prudence)」ということばに強く共感した。モーゲンソーは言う。「慎慮なくして政治的道義はありえない。すなわち、一見道義にかなった行動でも、その政治的結果が考慮されなければ政治的道義は存在しえないのである」と。高坂は、時代の先を予測するのは困難だが、変化の性質を正しく認識することができれば、前もってそれへの対応が可能となるし、そのためには「政治における慎慮」が必要だと説いた。戦前期の外務官僚に決定的に欠けていたのは、この「慎慮」ではなかったか。外交エリートたちは、自らの権益の内在的論理からのみ発想し、国際社会において排他的に振る舞ったことによって、挫折し、失敗していったのである。

 アメリカ、中国、ロシアなど大国のエゴイズムとナショナリズムによって国際社会が混乱している現在、「慎慮」こそが、それに歯止めをかけうる思考態度ではなかろうか。「慎慮」が重んじられ、発揮される世界で、そして未来であって欲しいと、切実に願っている。=朝日新聞2026年1月28日掲載