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「なぜ人は締め切りを守れないのか」書評 良い時間に必須の「不幸な要素」

評者: 望月京 / 朝⽇新聞掲載:2026年02月14日
なぜ人は締め切りを守れないのか 著者:難波優輝 出版社:堀之内出版 ジャンル:哲学・思想

ISBN: 9784911288207
発売⽇: 2025/11/07
サイズ: 18.8×1.9cm/298p

「なぜ人は締め切りを守れないのか」 [著]難波優輝

 『なぜ人は締め切りを守れないのか』との書名に飛びつく読者は、まさに今その境遇にあるのかもしれない。何を隠そう、私がそうだ。複数の締め切りに追われ、私用を犠牲にし続けている。
 しかし、これは「どうしたら締め切りを守れるのか」を教えてくれる本ではない。文字通り「なぜ守れないのか」、締め切りの起源や本質を考察しながら、よりよく生きるための締め切りとの関わり方を再考させる。
 そもそも締め切りはなぜ生まれたのか? 複数人が協働する「事業」を滞りなく進めるためだろう。人には体調や得手・不得手、育児など、様々な固有の事情があり、時間の流れかたは一様ではないはずだが、締め切りはそうした個人的状況を無視して万人に一律的な時間の期限を強いる。
 不都合や信頼の失墜を避けるべく締め切りの「火消し」に追われる結果、期限の短い小タスクの遂行が優先され、重要な長期的課題は後回しになりがちだ。合間の空き時間も断片的になるがゆえに、テレビ視聴など、「満足度が低いと自覚している」がエネルギー消費は少なくて済む行動で潰すことしかできなくなってしまっている……。
 私自身の挙動を見透かされたかのような分析に、なるほどそういうことだったのかと得心し、人間が効率重視で便宜的に生み出した非人間的な締め切りに、不本意な時間の使い方を強いられるような生き方でよいのかと考えさせられる。
 だからといって、締め切りは不要というわけではないと著者は言う。死があるから人生に意味が生まれるように、良い時間を生み出すために必須の不幸な要素なのだと。
 締め切りといえば反射的に「守るべきもの」と思い込んでいたが、死という究極の締め切りを踏まえた真の優先事項を前提に、「書き換え」「廃絶」などの自発的調整は可能だと気付かされる。
 いかに主体的に生きるのか。より満足のゆく人生への鍵がそこにある。
    ◇
なんば・ゆうき 1994年生まれ。会社員、立命館大客員研究員。専門は分析美学とポピュラーカルチャーの哲学。