ISBN: 9784480805294
発売⽇: 2026/01/15
サイズ: 18.8×1.4cm/160p
「フェイスウォッシュ・ネクロマンシー」 [著]栗原知子
ある日、突然現れた祖母の霊。降霊のきっかけは、洗顔料で洗った手の甲に、亡き祖母の手の面影を重ねたことだった。着物姿の小柄な体、険しい表情。間違いない。これは祖母だ。
けれど、主人公の「私」は、驚きで叫ぶでもなく腰を抜かすでもなく、駅ビルの店から祖母と一緒にバスに乗って帰宅する。祖母は「私」にしか視(み)えない。帰宅した家には、中学校に行かなくなってひと月になる息子・陽向(ひなた)が、いる。祖母の霊に動じている余裕は、ない。
陽向が不登校になってから、「私」は掃除魔と化していた。家中のあらゆるところを磨き上げることで、心のバランスを保っているのだ。不登校になった理由を問い詰めるでもなく、息子が学校に行かなくなった、というその事実と向き合っている。耐えている。
けれど、陽向が無意識に(かどうかは不明だが)「ん――……」と唸(うな)っていることに気づき、しかもその唸りが「当初よりはっきりしてきた」ことに気づいた時、「それが何なのか問いただして安心したいという気持ちにかられ」る。だが「すんでのところで思いとどまった」。自分の歯の食いしばりみたいなものかもしれないし、と。
でもやっぱり不安。そりゃそうですよ。何かが息子の中でおきているのは確かなのに、それが何なのかわからない。そんな状況下での祖母(の霊)降臨。生前の祖母と「私」は、格別仲が良かったわけではない。ただ、祖母との思い出で語られる美空ひばりとビートルズのエピソードは、じんわり沁(し)みる。
物語が深刻な方へと傾きすぎないように、柔らかく、かつ、ほんのりとおかしみを交えて描かれることで、「私」が読み手の胸にするすると入り込んでくる。どこにでもいそうな「私」の日々が、読み手である私の日々と重なってくる。
本書は第41回太宰治賞受賞作。同時収録されている「森と百式」も良き、良き。
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くりはら・ともこ 1975年生まれ。詩人、小説家。詩集に『シューティング・ゲーム』『ねこじゃらしたち』。