1. HOME
  2. 書評
  3. 「太陽に撃ち抜かれて」書評 虚無感のすぐ隣で息づく異世界

「太陽に撃ち抜かれて」書評 虚無感のすぐ隣で息づく異世界

評者: 藤井光 / 朝⽇新聞掲載:2026年03月21日
太陽に撃ち抜かれて 著者:ジョヴァーニ・マルチンス 出版社:河出書房新社 ジャンル:文学・評論

ISBN: 9784309209425
発売⽇: 2026/01/22
サイズ: 13.5×19.5cm/176p

「太陽に撃ち抜かれて」 [著]ジョヴァーニ・マルチンス

 ページをめくり始めたとたん、暴力の気配に彩られた空間に飛び込んだ感覚に襲われる。熱気にうだる家と街路、麻薬や警察による介入の影のなかで生きる若者たち。スピード感に満ちた言葉が、登場人物たちと読者を乗せて疾走していく。
 ブラジルの大都市郊外に形成され、貧困層が集住する地区「ファヴェーラ」。そこを舞台とする短編の数々には、格差と暴力の渦のなかで生きようとする人々の姿が、鮮やかに刻まれている。
 それだけでも、十分に面白い小説集になったかもしれない。だが、日常の喧騒(けんそう)と並ぶもうひとつの世界が、この本を根底のところで支えている。
 たとえば、序盤に置かれた「螺旋(らせん)」の主人公は、より経済的に恵まれた者をひたすら追跡して怖がらせるゲームに興じている。それ自体は、圧倒的な経済格差を背景とした、暴力性を秘めた一幕だともいえる。しかし、主人公はそのゲームのなかで、自分が他者の目にどのように映るのかを意識するようになり、自分自身に対する違和感を抱え込んでいく。
 それに似たエピソードは、本書のなかに折に触れて登場する。蝶(ちょう)の生活に思いを馳(は)せる9歳の少年。息子の誕生によって、グラフィティ制作から足を洗おうとする男性。彼らは、自分の世界の外にいる他者の存在に触れたのだ。
 そうした視点によって、この本にはさらなる深みが生まれている。ギャングと警察の抗争にせよ、いかにも男性的な内輪の会話にせよ、そこにはどこか虚無感がつきまとう。「今」という瞬間に熱狂していても、その現実の皮膜を一枚むけば、まったく異なる世界が息づいている。
 日常のなかに没入しきれない、一歩引いたような感覚をたぐり寄せるようにして、若者たちは自分の生きる世界を俯瞰(ふかん)するような視点にふとたどり着く。その視点からみずからの生を語ろうとする者は、やがて作家になっていくのだ。
    ◇
Geovani Martins 1991年ブラジル・リオデジャネイロ生まれ。スラム街で育ち、飲食店員などの傍ら本書でデビュー。
    ◇
福嶋伸洋訳